メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.03.04

官僚の天下り問題

毎日新聞 2011年2月23日夕刊掲載

 官僚の「天下り」問題に対する批判は極めて強い。しかしその批判の強さゆえ、また、政治・行政改革に共通する分析的な検証の欠如ゆえ、天下り問題の要因や是非について冷静かつ緻密な議論は行われてこなかった。このことが逆説的に、天下りの実質的な削減を阻んでいる面もある。要因や効果の分析なしに、強権的な規制をかぶせることで天下りを抑制しようとしても、必ず抜け道は見つかるからだ。天下り問題は、いたちごっこの様相を呈している。
 戦後期の「日本型システム」とその変化がバブル期以降の日本の産業活動に与えた影響を研究する中で、天下りの経済効果につき興味深い結果が出てきた。日本型システムの特徴の1つである官民協調体制を表象する様々な指標――天下りの他に補助金や規制など――のうち、産業別アウトプットに対して、最も強く安定的に負の影響を与えたのが、産業別の天下り人員数であった。規模に比して天下りを多く受け入れた産業ほど、アウトプットが長期的に低くなる傾向が実証された。バブル崩壊前の1990年の天下り数は、15年後の2005年の産業アウトプットにも強くマイナスの影響――粗い単純計算では天下り官僚1人当たり40億円超のマイナス――を与えている。
 ならば天下りを根絶すれば産業のパフォーマンスは上がる、とは単純に結論づけられない。話題のドラッカーが晩年の論文『日本の官僚制を擁護する』で指摘したように、日本の官僚の天下りポストは、欧米の官僚と異なり実権のない閑職が多い。天下り官僚が、直接的に産業に負の影響を与えたとは考えがたい。
 産業別の天下り官僚数が表象するのは、旧来の日本型政治経済システムへの産業の依存度であると考えられる。日本型システムは、「仕切られた多元主義」と呼ばれるように、自民党政調部会-官公庁-業界団体と、省庁・産業別の縦の線で仕切られてきた。これにより、世界最高レベルの競争力を持つ産業と生産性が極めて低い産業とが一国内に併存するデュアル・エコノミー(二重構造経済)が、戦後日本経済の一つの特徴となった。財政的には「小さな国家」である日本が平等な社会を築いた一因は、産業がこうして利益の再配分機能を担ったことによる、と言われる。天下り官僚は、政治調整機能を担う中核的プレーヤーだった。
 今回の結果が示すのは、天下り官僚の受け入れなどを通じ、産業間の利益再配分や政治調整に依存してきた産業のパフォーマンスは、バブル崩壊後の激動の時代を通じ、さらに落ち込んだということである。格差問題は、産業間においても深刻化している。
 こうした産業間格差と、それを調整する政治的な利益再配分機能が維持される限り、天下りは根絶されないだろう。パフォーマンスの落ちた産業は、政府により強く依存し延命を図ろうとするからだ。産業サイドに天下り官僚を受け入れる誘因がある限り、どんなに強力な天下りの規制をかけても、必ず抜け道は見つかる。他方、過度に強力な規制は、官民間の有益な人材交流をも必要以上に阻害してしまう。
 そういう意味で、天下り問題は、最近のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)と同様の問題をわれわれに投げかけているとも言える。ドラッカーは、日本の官僚制が経済に与える負の効果を看破しつつも、その社会的意義を強調し擁護した。ここでも、産業間の縦の政治的な仕切りを取り払い、市場を通じた横の調整に自らの社会を委ねる覚悟があるかが、われわれに問われているのである。