メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.03.04

総合的な国内戦略を欠いた菅政権のTPP対応

WEBRONZA に掲載(2011年1月26日付)

 菅政権が起死回生の政権浮揚策として消費税とTPP参加を打ち出したことは、今回の内閣改造で一層明らかとなった。
 自民党出身で財政再建論者である与謝野馨氏を党内外の反対を押し切って経済財政相に任命し、TPPに消極的な姿勢を示してきた経済産業相を代え、後任に自由貿易推進論者である海江田万里氏を据えた。与謝野氏もまた自由貿易推進論者であり、氏とともに「たちあがれ日本」には合流しなかったものの、自民党の中には依然政策的に同じ意見を持つ議員は多い。
 さらに、菅政権と対立している小沢グループにはTPPに反対する人たちが多いが、海江田氏は小沢氏に極めて近い存在である。自民党にも党内にも消費税とTPPという政策面での対話や協調を呼びかけ、ねじれ国会を何とか乗り切ろうとしたのだろう。
 菅首相は国会での施政方針演説のなかで、国作りの第一の理念として「平成の開国」を挙げ、6月をめどにTPP交渉参加について結論を出すと言明した。しかし、この意気込みに比べ、国内の反対勢力をどうやって納得させていくかどうかについては十分な戦略を欠くように思われる。
 与謝野氏を通じた自民党との協調も、同党から除名処分を受けた与謝野氏に対する同党の拒否反応は強く、また、同じく小沢氏に近いといっても東京選出の海江田氏と常に農民票を考えなければならない農村部出身の議員とではTPPへの対応は全く異なる。
 それだけではない。「TPPと農業問題」というように、全農業界がTPPに反対しているような構図にされてしまっているが、誰が反対勢力かと見極め、それを突き崩すためには何をしなければならないのかという戦略がない。
 農業といっても高い関税で保護されているのは一部である。
 野菜や果物の生産額は米を上回るが、関税はほとんどかかっていない。TPPで関税を撤廃しても影響はない。JA農協が都内で開いたTPP反対集会に参加したネギ農家が、TPPに参加すると大変な打撃を受けると発言していたが、この農家はネギの関税が3%に過ぎないことを知らなかったようだという新聞記事があった。
 ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉当時、輸入数量制限を関税化しても実際には何も影響なかったのに、関税化すると日本農業は壊滅すると叫ばれたように、兼業農家だけではなく専業農家にも十分な情報が伝わっていないのである。これは農業界のリーダーたちによる不作為の作為である可能性もある。
 国内政策も含めて現状のままで関税を撤廃されれば影響を受けるかもしれないのは、米や酪農、麦、砂糖などの一部畑作物である。特に、兼業農家が多いために、生産額では2割のシェアしか持たないのに、農家戸数では7割を超える米産業の反対が強い。
 つまり、TPPは農業問題全般ではなく、米問題なのである。さらには米を存立基盤とするJAという農協問題なのである。
 というのは価格が下がっても低下分を財政で負担すれば、農家は影響を受けないが、価格に応じて販売手数料が算出される農協は困るからである。現に専業米農家の中にはTPPで輸出国の関税がなくなれば輸出が容易になるという意見もある。
 郵政問題で小泉元首相は経済財政諮問会議には改革派だけをメンバーにそろえ、党内に抵抗勢力を作り上げることによって、政策を実現した。
 菅政権がTPP参加を打ち上げたときにはこの手法をとるのかと思ったが、TPP対応として招集した「食と農の再生会議」にはJA全中会長を委員に任命したばかりか、JA金融(信用)事業の全国団体である農林中金の研究所顧問(天下りの元農水省次官)を内閣府参与に任命している。
 これはいろいろな立場の人を集めた結果、何も進まなかった従来の自民党方式(例えば米価審議会)のやり方と同じである。
 残念ながら、行政刷新会議が打ち出そうとしたJA農協からの信用(金融)・共済(保険)事業の分離はJAグループや与党内の農業関係議員の反対によりつぶされてしまった。現在のJA農協経営は信用・共済事業の利益がなれれば成り立たないからである。
 (1)TPPによる価格低下によるJA販売手数料収入の減少(2)信用・共済分離による農協改革の二正面同時作戦を菅政権がとっていれば、(2)の阻止を優先せざるを得ない農協はTPP参加を承諾せざるをえず菅政権浮揚の可能性もあった。
 しかし、2011年1月政権は早々と信用・共済分離を断念したため、このような戦略をとる道がなくなってしまった。
 政権内に智謀・智略の人がいないということだろう。