メディア掲載 グローバルエコノミー 2011.02.22
1.民俗学者の柳田國男と農政はどのような関係があるのですか?
柳田國男が農業と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、柳田國男が初めて仕事の対象とし研究したのが、農業であり農政学だったのです。柳田國男は1900年東京帝国大学法科大学を卒業後今の農林水産省、当時の農商務省に入省しています。大学卒業後の最初のキャリアを農林水産省の役人として始めたのです。当時農商務省には法学部出身者がいませんでした。法律を自分の役所では作れないので、法制局にお願いして作ってもらっていました。それでは困ると言うので、柳田を採用したのです。柳田は農林水産省の法学士第一号です。当時、東大には経済学部はなく、法学部で経済学や農業経済学を教えていたのです。柳田も農業経済学を勉強しています。
2.当時、日本の農村や農業には、どんな課題があったのですか?
戦前の農業には二つの問題がありました。一つは地主制度です。小作人問題といってもよいと思います。地主に収める小作料は収穫した米の半分にもなっていました。これを小作人はお金ではなく、現物の米で納めたのです。
地主制の当初は、地主は新しい技術の導入など農業の改良に熱心でした。しかし、次第に都市に住む人たちが農地を買い取るなど、農業に関心を持たない地主が増えていきました。このため、地主勢力は、農業の生産性を向上させて農業所得を増加させるという方法ではなく、米の供給を制限することにより米価を引き上げ、彼らに集まった米を売却して所得の増加を図ろうとしたのです。具体的には、高い関税を導入して、朝鮮、台湾という植民地からの米の輸入を制限しようとしたのです。このような政治活動を正当化する理由として、国防強化のため食料の自給が必要であると主張しました。
3.この点について、柳田國男は、どんな考えを持っていたのでしょうか?
柳田は、当時地主階級が主張していた農業保護関税に関し、保護主義ではなく農業改良が必要であると主張しました。高コストの生産を保護することは望ましくないとし、国防のために食料を自給すべきであるといっても、労働者の家計を考えるのであれば、外国米を入れても米価が下がるほうがよいと主張したのです。
当時の日本農業が抱えていたもう一つの問題は、零細な農業構造です。今でも日本農業の規模は小さいのですが、当時は農業で働いている人は、今の5~6倍もいました。たくさんの人が狭い農地を耕していたのです。農業生産の効率は低かったのです。
4.農業の生産効率が低いことに対しては、柳田國男はどう主張したのでしょうか?
柳田は、日本が零細な農業構造により世界の農業から立ち遅れてしまうことを心配し、農業構造の改善のためには、農村から都市へ労働力が流出するのを規制すべきではなく、農家戸数の減少により農業の規模拡大を図るべきであると主張しました。アメリカのように規模の大きい国とは競争できないという主張に対して、だからと言って関税で保護するしかないと考えるのは誤りだというのです。農業の改良によって、対応すべきである、まだ日本には改善すべきところがたくさんあると主張するのです。このとき、0.3ヘクタールや0.4ヘクタールのような小さな農家では、世界の市場や貿易のことを考えて農業を改良しようという意欲を持つはずがない、したがって、規模の大きい農家を育成すべきだというのです。
農業を独立した職業とならしめるよう、企業として経営できるだけの規模をもつ2ha以上の農業者を育成するように主張したのです。柳田は、いくら言っても意を尽くすことができないのだけれども、言おうとすることは要するに次のことだけだとして、こう言います。「農をもって安全にしてかつ快活なる一職業となすことは、目下の急務にしてさらに帝国の基礎を強固にするの道なり。『日本は農国なり』という語をして農業の繁栄する国という意味ならしめよ。困窮する過小農の充満する国といふ意味ならしむるなかれ。ただかくのごときのみ。」
5.その後柳田國男はどうしたのでしょうか?
柳田の主張は農業界の人たちには受け入れられなかったようです。農業の現状を維持しようとする勢力は農本主義的な小農主義を主張したからです。勢力的には小農主義が圧倒的多数でしたし、高い関税や高い米価を要求する地主勢力は極めて強力でした。
柳田は2年間くらいで農商務省を去ります。その後も、農政学の講義を早稲田大学や専修大学で行ったりしています。
農政を研究しようとすると農村を研究しなければなりません。それまでの農村研究は歴史家が書いたものを資料として行ってきました。しかし、それでは日本の場合書かれたものも少なく十分ではない。そのため、民間に残っている伝承や習慣を把握することによって、農村を研究できると柳田は考えました。これが日本の民俗学の起こりです。柳田の農政学は民俗学につながっていったのです。