コラム  外交・安全保障  2011.02.17

「八百長」と文化の違い

 相撲界で前代未聞の激震となっている「八百長」問題をなぜ外交・安全保障のコラムで取り上げるのか、いぶかられるのも当然であるが、日本と欧米の文化の違いがここにも現れているように思われる。日本には「八百長」があるが欧米にはないとか、あるいはその逆のことを言おうとしているのではなく、「ルール」について両者の間に、微妙だが軽視できない違いがあるのである。
 2月初めに発覚して以降「八百長」問題は連日マスコミで大々的に報道されてきた。理事長以下相撲協会の役員はこの問題を非常に深刻なものと受け止め、世間や相撲ファンに対して謝罪しつつ特別の委員会を設置して徹底した調査を行なう、それが結論を出すまでは相撲興行は行なわない、春場所の開催は中止するなどの対応措置を取っている。
 一方、相撲界の実情に詳しい評論家はテレビなどで、「八百長は昔からあった(あるいはなかった)。体質だ(あるいはそれは言い過ぎだ)。下位の力士の収入が低すぎる。部屋の経営に金がかかる。力士の人間形成・教育ができていない。最近傷害事件、大麻、野球賭博と問題が続発したが、多くの力士は他人事のように考えている。部屋と親方のあり方に問題がある。監査委員会はほんらいこのような問題の発生を防ぐために設置されたがほとんど機能していない。文科省の監督も甘い」などと指摘している。今後の対応については、「力士に自覚を持たせること、相撲協会の改革、原点に立ち返って出直すこと、自浄作用、親方の指導監督の改善、部屋と親方制度の改革、親方になるのに審査制の導入などが必要である」と意見を述べている。さらに、相撲が「国技」であり「神事」でありながら、スポーツでもあり、また興行でもあると指摘している。
 論点はほとんど出尽くしている印象があるかもしれないが、私は今後の対策として明確なルールを定めなければならないという点を誰も触れていないことに注目している。「誰も」というのは言いすぎかもしれないが、私の見聞する範囲ではそうであり、これは日本的な対処の仕方を特徴づけているのではないかと思っている。
 このことを強く意識するようになったのは、大麻事件で相撲界を追われたロシア人力士若ノ鵬がテレビインタビューで八百長事件の存在を肯定しつつ「ルールを作らなければならない」と言ったことがきっかけであった。この力士は相撲界にいたとは言え、けっして長い間ではないし、相撲の世界に対する理解度はそう高くないであろうが、今回の問題についていち早く「ルールが必要だ」ということを指摘した。それは彼が欧州人だからではないか。
 日本人は規則を大切にする。法律に従う点でも他国の人にけっして引けを取らない。戦後食糧事情が極端に悪かったときヤミ米に手は出さないとして死に至った裁判官もいた。しかし、日本人には規則についてちょっと欧州人と違うところがある。そう言うと、争いが生じた場合規則どおりに判断を下すことに日本人は一種の抵抗を覚えると指摘されるかもしれないが、私は、そういうことでなく、ルールを作ることについて、したがってまたルールを変更することにも日本人と欧米人に違いがあると思っている。ルールが簡単に変えられるようではルールでないというのが日本人の気持ちであろう。
 かつて、スキーの複合競技において日本人選手が勝ち続けていたときにルールが変えられ、それ以降あまり勝てなくなったことがあった。そのとき多くの人は、欧米人は日本人が勝ち続けるのを阻止するためにルールを変更したと受け止めたが、実情はちょっと違っていたかもしれない。彼らには、古いルールは合理的でなかったのでよりよいルールに変えなければならないという発想が強かったのかもしれない。安易にナショナリスティックな理由付けに走るのは考え物である。
 「ルールは守るものであるが、作るものである」というのが欧米人の考えで、日本人は「ルールは守るもの」だけだと言うと言い過ぎになろうが、両者の間にはそれに近い違いがあると思われてならない。ちなみに、ルールを作ることは民主政治において重要なことであり、ルールに関する彼我の考えの違いはそのような政治的伝統とも関係があるようだ。
 さらに、日本人にとってはルールがすべてでなく、それは基本に過ぎないので重要視しない傾向もあるようだ。日本人にはその奥、言葉では表現できない極地に達すること、つまり名人芸が重要であり、これとの対比では、ルールは大量生産の道具に過ぎない。「相撲は神事である」と言うことにもそのような発想が影響しているのではないか。
 しかし、かなりの数の外国人が参加し、全体で7百人近い力士の大所帯となっている相撲社会においては各力士に名人になれと言う前に、基本であるルールを明確にしておくことが必要であろう。たとえば「対価を受け取る代わりに取り組みに手心を加えてはならない。そうした者は免職処分とする」というようなルールである。そうすることは相撲協会としての決意と姿勢を示すにも役立つのではないか。