メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.01.19

「農業の規模拡大加算」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2010年12月28日放送原稿)
1.来年度予算で農家が規模拡大すると補助金が交付されるという制度が作られたようですが、この内容と背景について説明してください。
 民主党が今年度から民主党農政の基本政策として導入したものに、農家への戸別所得補償制度があります。今年度の予算は米だけに限られていますが、それでも5,600億円もの額に上っています。政府は来年度予算で、この戸別所得補償制度を米作のみならず畑作にも拡大するとともに、100億円の規模拡大加算を新たに導入して、予算総額を8千億円とすると決定しました。規模拡大加算とは、現在の農家の規模の大小を問わず、農家が規模を拡大したその年に限って増えた農地に限り10アール当たり2万円を支給するという制度です。
 規模拡大加算は民主党のマニフェストに盛り込まれていましたが、今年度の導入は見送られてきました。大規模農家を育成するという考え方は、規模の大小を問わず、また兼業農家か専業農家を問わず、現在の全ての農家が重要だという民主党の考え方に合わなかったからです。
 しかし、関税の撤廃を求められるTPP(環太平洋パートナーシィップ協定)という自由貿易協定に参加するためには、国内農産物の高い価格を引き下げなければ農業は存続できません。そのために農業の低コスト化を推進したい菅首相は、12日山形県を訪問した際、「コメに関しては農地の集約化が重要だ。」と力説したといわれています。つまり、規模拡大が必要だということです。

2.戸別所得補償制度については、どのような問題が指摘されているのでしょうか?
 戸別所得補償は小規模兼業農家を含めほとんど全ての農家に交付されるというものなので、農家にとっては実質的な米価引上げとなります。農林水産省は、規模の大きい農家ほど戸別所得補償の受取額は大きくなるので、規模拡大が進むと言っています。しかし、これは間違いです。大規模農家の所得が増えても、実質米価の引上げで小規模兼業農家も農業を続けてしまえば、農地が出てこない以上、規模拡大は進みようがありません。食管制度の時代も規模の大きい農家の方が所得は高かったのですが、規模拡大は進みませんでした。それどころか、農業の現場では、小規模兼業農家がこれまで主業農家に貸していた農地の返却を求める「貸しはがし」という事態も生じています。明らかに菅首相の目指す「農地の集約化」という方向とは逆です。

3.規模拡大加算は効果を発揮するのでしょうか?
 今回の規模拡大加算も、農林水産省は「規模の大きな農家でも小さい農家でも農地を広げさえすれば交付する」と言っています。そうなれば、小規模兼業農家が「貸しはがし」をする場合も規模拡大加算の対象となってしまいます。それだけではなく、これまで貸しはがしを行わなかった農家も貸しはがしを始めてしまうおそれがあります。「農地の集約化」はさらに困難となります。
 具体的な数値を挙げて説明します。10アール(1反)当たりで、戸別所得補償額は1万5千円、水田賃貸料(全国平均)は1万4千円、米所得は0.5ヘクタール未満の規模の農家でマイナス5千円、0.5~1ヘクタール未満でマイナス2百円です。もちろん、これ以上の規模の農家の米所得はプラスです。
 戸別所得補償導入以前、耕作すれば米所得マイナス2百円の0.5~1ヘクタール未満の農家は、農地を貸して1万4千円の水田賃貸料をもらうよりも、戸別所得補償額1万5千円をもらって自分で耕作するほうが得です。これが現在進行中の「貸しはがし」です。
 しかし、米を作った時の所得がマイナス5千円の0.5ヘクタール未満の農家は1万5千円の戸別所得補償をもらって耕作しても所得は1万円にしかならないので、農地を貸して1万4千円の水田賃貸料をもらう方が有利でした。しかし、来年度2万円の規模拡大加算をもらって4年間耕作すると、年平均所得は1万5千円(1万円+2万円÷4)になり、耕作した方が有利となります。5年目に農地を再び貸せば、1万4千円の水田賃貸料をもらうことができるし、貸した相手も2万円の規模拡大加算がもらえます。つまり、これまで「貸しはがし」しなかった農家も「貸しはがし」をするほうが得になるのです。しかも、農地は小規模兼業農家と主業農家の間を行ったり来たりするだけで、農家の規模は拡大しません。

4.農地集約化のためには何をすべきでしょうか?
 TPP問題をきっかけに、小規模農家や兼業農家も含め「全ての農家が担い手である」という、護送船団方式と言われた考え方をやめる時が来たと思います。
 アパートの大家への家賃はアパートの補修や修繕の対価です。同じように、農地に払われる地代は地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価です。地主は農業のインフラ整備を担当しているので、農業から縁を切った存在ではありません。地主には地主の役割があるのに、地主も米作の担い手として耕作させれば、アパートの大家がアパートの住人になるようなもので、大家は家賃をもらえずアパートの修繕すらできなくなります。これまでのように、農村の人は皆が耕作を行うというシステムではなく、地主に農地を維持管理してもらいながら、耕作面では農地を企業的農家に集めて農業を再生するという新しい農業・農村の仕組みを考える時が来たように思います。