12月19日付の朝日新聞は、政府は来年度予算で戸別所得補償制度を拡大し、100億円の規模拡大加算を導入し予算総額を8千億円とすると報じている。これは農家が規模を拡大したその年に限って増えた農地に限り10アール当たり2万円を支給するという制度である。TPPに参加するため、農業の低コスト化を推進したい菅首相は、12日山形県を訪問した際、「コメに関しては農地の集約化が重要だ。」と力説したという。
しかし、菅首相の意図とは違い、このような規模拡大加算が構造改革を進める力を十分持っていないことは12月1日付の小論で述べた通りである。 それだけではない。12月1日付の小論には、比較的規模の大きい農家が規模を拡大するときに加算金が交付されるという前提があった。しかし、19日付の朝日新聞は、「規模の大きな農家でも小さい農家でも農地を広げさえすればお金がもらえる」と報道しているのである。
12月1日付の小論で述べたとおり、戸別所得補償制度により実質米価が大幅に引き上げられた結果、農業の現場では、これまで農地を貸していたコストの高い小規模兼業農家が主業農家に貸した農地の返却を求める「貸しはがし」という現象が進展している。19日付の朝日新聞は、「農地集約阻む戸別補償」として、福島県の農業法人は借りている農地40ヘクタールのうち10ヘクタールを返さなければならなくなるかもしれないと報じている。明らかに農地の集約化や米作農業の構造改革への逆行である。
規模拡大加算はこのような戸別所得補償の弊害を少なくしようとするはずのものだった。しかし、「規模の小さい農家でも農地を広げさえすればお金がもらえる」となれば、どうなるのだろうか?小規模兼業農家が「貸しはがし」をする場合にも規模拡大加算の対象となりかねないのである。
具体的な数値を挙げて説明しよう。10アール(1反)の水田賃貸料(全国平均)は1万4千円程度である。これは平均値であり、米収益の違いにより、例えばコシヒカリの評価の高い新潟県の賃貸料は2万円を超えているのに対し、隣の富山県では7千円以下である。10アール当たり平均米所得は2万6千円である。もちろん、規模が大きくコストが低いため収益の高い農家の所得はこれよりも大きいが、1ヘクタールに満たない規模の小さい農家には赤字農家が多い。10アール当たりの戸別所得補償額は1万5千円である。
戸別所得補償導入以前は所得ゼロのA農家は農地を貸して1万4千円の水田賃貸料を得ていたとしよう。しかし、戸別所得補償額1万5千円をもらえれば、農地を返してもらって自分で耕作するほうが有利であると判断するだろう。これが現在進行中の「貸しはがし」である。来年度「貸しはがし」すれば、さらに2万円のボーナスが出る。
話はこれで終わらない。米を作った時の所得がマイナス5千円のB農家は1万5千円の戸別所得補償をもらって耕作しても所得は1万円にしかならないので、まだ1万4千円の水田賃貸料をもらう方が有利である。しかし、来年度2万円の規模拡大加算をもらって4年間耕作すると、4年間の年平均所得は1万5千円(1万円+2万円÷4)になり、耕作した方が有利となる。5年目には農地を再び貸せば、1万4千円の水田賃貸料をもらうことができるし、貸した相手も2万円の規模拡大加算がもらえる。つまり、規模拡大加算はこれまで「貸しはがし」を控えていた農家にも「貸しはがし」を行わせる誘因を与えてしまうのである。また、農地は零細農家と主業農家の間を行ったり来たりするだけで、主業農家の規模は拡大しない。
では、農水省はこのようなケースを制度の対象から除外するのだろうか?残念ながら、そのようなことは行いそうにない。バラまきと批判される戸別所得補償は「全ての農家が担い手である」という「理念」に立っている。小規模な兼業農家を規模拡大加算の対象から除外することは、農家を差別しないというこの小農保護の基本理念と対立することになるからである。