メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.12.13

TPP政局が招きかねない小沢派の解体

WEBRONZA に掲載(2010年12月13日付)

 TPP参加に積極的な菅首相、仙石官房長官、前原外務大臣らに対し、民主党の山岡賢次副代表が11月30日、TPPに批判的な議員からなる「食料自給率の向上を目指す議員連盟」を発足させた。鳩山由紀夫前首相、田中真紀子元外相、原口一博前総務相、山田正彦前農相ら小沢一郎元代表に近い議員を中心に55人が設立総会に出席し、菅政権への「批判集会」の様相となったと報道された。この議員連盟の中には「TPP政局だ」と主張する議員もいたと言われている。
 このような亀裂が生じるのは、民主党が新自由主義的な考え方から旧来の自民党的または社会党的な考え方まで雑多な主義主張を持つ人たちからなる混成部隊である以上当然である。しかし、これには意外なネジレがある。それが小沢グループを解体しかねないのである。これを説明しよう。
 小沢元代表が率いる自由党が合流するまでの民主党の農業政策は、都市型政党としての性格を反映して、農業の構造改革を積極的に推進しようとしたものだった。2001年の参議院選挙での選挙公約では、「事実上強制となっている米の減反については選択制とし、......新たな所得政策の対象を農産物自由化の影響を最も大きく受ける専業的農家」とし、2003年のマニフェストでは、「食料の安定生産・安定供給を担う農業経営体を対象に、直接支援・直接支払制度を導入します」とした。
 ここまでは、「米の減反廃止→価格引下げによる兼業農家退出→専業農家に対象を絞った直接支払いによって農地を専業農家に集積」して構造改革を推進するという、私の提案のとおりだった。実は、私が2000年に出版した『WTOと農政改革』という著書を読んでいた人が、民主党の中にいたのだ。私自身依頼を受けて民主党で講演したこともあった。今の戸別所得補償制度からみるとありがたくない話だが、当時からいる民主党関係者の中には、今でも「『戸別所得補償』の発案者は山下さんだ」と言う人がいる。
 しかし、自由党の参加によって農村票の獲得も必要となったのだろう。選挙を意識した民主党は、2004年参院選のマニフェストで、「対象者を専業農家に絞る」という要素をはずしてしまった。(このとき篠原現農水副大臣に指示して「農業再生プラン」を作成させ、対象農家を絞らないバラマキに変えたのは、菅首相(当時代表)である。)そして2007年7月、自民党からバラマキと批判されたにもかかわらず、全ての販売農家への「戸別所得補償」の導入と減反の廃止を主張した民主党は、参議院選挙で大勝した。
 しかし、民主党は2008年1月に参議院先議の議員立法として国会に提出された『戸別所得補償法案』で減反の維持に転じ、同年6月に民主党「次の内閣」で承認された「当面の米政策の基本的動向」では、明確に減反の必要を述べ、マニフェストを撤回してしまった。これが現在の戸別所得補償制度である。
 農村部での選挙で勝つためには、「全ての販売農家」という要素は欠かせない。しかし、そのうえ減反を廃止して米価を大きく下げ、「戸別所得補償」の単価を大きくすると、財政負担額は膨大なものとなる。そうなると農業公共事業等に手を突っ込まざるを得なくなる。これを避けるためには、減反を維持して単価を抑えるしかないと判断したのだろう。12月8日のテレビ番組で私がこの推測を、農業公共事業を担当する農水省・農業土木技官出身で『戸別所得補償法案』を立案した平野達男現内閣府副大臣にぶつけたところ、彼は否定しなかった。
 しかし、従来からの民主党の議員の中には、この戸別所得補償制度に好意的ではない人も存在する。2008年に前原誠司外相(当時副代表)は、与謝野馨氏との対談で戸別所得補償政策を批判し、山田前農相、筒井農水副大臣、篠原農水副大臣という民主党農林族から退場を勧告すると激しく抗議されている。現在もTPPに関連して、GDPで1.5%に過ぎない農漁業を守るために残りの98.5%の産業を犠牲にしてはいけないと発言している。
 戸別所得補償の経緯やTPPへの対応を見る限り、菅執行部対小沢派という対決の構図のようである。しかし、奇妙なことは、山岡氏や山田氏のグループのリーダーである小沢一郎氏本人が貿易の自由化については、前原誠司外相らと全く同じ考え方を持っているということだ。
 政権の浮揚も考慮してTPP推進を打ち上げたものの、その後明確な指導力を発揮しているようには見えない菅首相、仙石官房長官に比べて、小沢氏の考えは従来から明確で一貫している。より筋金入りといってもよい。
 小沢氏は数年前の著作で「関税ゼロでも自給率100」という主張を行っている。この前提には、減反廃止で米価を引下げて関税を撤廃し、農家には戸別所得補償で補てんするという考え方があったはずである。2009年衆議院選マニフェスト案に書かれた「日米FTAの締結」という文言について、農協から農業を滅ぼすと抗議されたため、民主党執行部が「日米FTA交渉を促進する。その際、国内農業・農村の振興を損なうことは行わない」と表現を変えたことに対して、小沢氏は公然と批判している。また、2010年の代表選の記者会見でも実現したい政策として「日米FTAの締結」を上げている。
 つまり小沢派にとっては、議員連盟を立ち上げたものの、自らの大将が相手の陣内にいるようなものである。TPPを政局にするのであれば、小沢氏は自らの主義主張の矛盾を問われかねないし、また小沢派は大将の意に反して大義なき戦いを戦わなければならない。政治とカネの問題を解決しても、小沢氏には次なる憂鬱が待っている。