メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.12.10

「日本米の国際競争力」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2010年11月30日放送原稿)
1.環太平洋パートナーシップ協定、いわゆるTPPを契機に、米の関税が撤廃されたら、日本の米産業はほとんど壊滅するという意見が出されていますが、現在、日本米の競争力は本当にないのでしょうか?
 この10年間で国内の米価は60kg当たり2万円から30%以上低下し1万3千円になっています。他方で、中国から輸入している米の値段は10年間で3千円から1万円へと3倍以上に上昇しています。中国産米の国内での販売価格と輸入価格との差から試算した必要な関税率は、この間300%から30%程度にまで縮小しています。
 減反を廃止すれば国内の価格は中国産の米よりも下がるので、関税ゼロでもやっていけます。今のままでも国内の市場でなら、日本米は十分に競争できるかもしれません。
日本が関税なしで輸入しているミニマムアクセス米のうち、主食用として輸入されている米のほとんどは中国米、一部がカリフォルニア米となっています。しかし、これらの米が単品でスーパーなどの小売店で販売されることはまずありません。これらの米は日本米と混ぜられて外食店でご飯として売られています。日本の消費者には、中国産米、カリフォルニア米としては売れないのです。それだけ日本米への評価は高いということです。
最近この輸入に異変が起きています。これまでは輸入が可能な数量枠のほとんど全量が輸入されてきたのですが、今年9月から11月にかけての3回の入札はいずれも枠の10%しか輸入されませんでした。国内の米価が低下したので、中国産米、カリフォルニア米に対する需要が減少したからです。今では、国産の米に外国の米は負けているのです。

2.それでも安い米が輸入されるようなことは考えられませんか?
 世界で4億5千万トンの米が生産されていますが、そのうち9割近くがタイ米のようなインディカタイプの長い米で15%ほどが日本米のようなジャポニカタイプです。1993年に米が不作になった時、日本は250万トンの米をタイなどから輸入しました。ほとんどがインディカタイプだったため、政府は日本米と混ぜて消費者に販売しようとしましたが、売れませんでした。ジャポニカタイプとインディカタイプは全く異なる農産物だと考えてよいと思います。気候風土が異なるので、ジャポニカタイプでも他の国の米はご飯を炊いたあと冷たくなると、食味が落ちたり割れたりするので、おにぎりや寿司には向かないという評価もあります。同じコシヒカリを栽培しても新潟県魚沼産の味は他の地域ではなかなか出せないのと同様です。
 以前インドの会社が40万円以下の車を発売しました。このとき1千万円の価格のベンツが動揺したとは考えられません。二つの車は別のものだからです。米についても同じです。自動車と同じように、さまざまな品質、ランクの米があるということです。日本の米は世界で最もおいしいという評価があります。現にこれだけ価格が高くても海外に輸出している農家や農業団体があります。
また、米の総貿易量は3千トン程度で生産量の7%に過ぎません。1993年、日本が買い付けたのでタイ米の国際相場は2倍に上昇しました。日本の850万トン程度の米生産に比べ、カリフォルニアの米生産量は200万トンに過ぎません。仮に、生産量の少ないジャポニカタイプの米を日本がかなり買いつけるようになると、その価格は大幅に上昇することとなります。そうなると農業界が心配するような内外価格差があったとしても、それは縮小し、自由化の影響は少なくなります。

3.一層競争力を高めるためには何をすればよいのでしょうか?
 日本の米の競争力が低下したのは農政に原因があります。農産物のコストは、1ヘクタール当たりの肥料、農薬、機械などのコストを1ヘクタール当たりどれだけ収穫できるかという単位面積当たりの収量(これを単収といいます)で割ったものです。食管制度以来高い価格で零細な兼業・副業農家まで保護したために主業農家に農地は集まらなかったので、規模拡大をして1ヘクタール当たりのコストを引き下げることはできませんでした。また、分母の単収が増えると1俵当たりのコストは下がりますが、米消費をまかなうのに必要な水田面積は減少して、減反面積が増えます。そうなると農家に支払う減反の補助金が増えてしまうので、単収を増やすための品種改良は農林水産省などの試験場では行われなくなりました。今では空から飛行機で種まきしているカリフォルニアの米の単収より日本は3割も少ないのです。
 減反を廃止して米の生産を増やすと、米価が下がるだけでなく、兼業農家は農地を出してきます。主業農家に限って直接支払いという補助金を交付すれば、主業農家に農地が集まり規模は拡大してコストも下がります。今でも15ヘクタール以上の規模の農家のコストは6千5百円です。農地が主業農家に集まって行けば、農地がいろいろな場所に点在しているため、機械の移動などに労力がかかるという問題も解決していきます。減反を止めると単収も上昇していきます。これから農業技術の研究者は思う存分に品種改良などの研究に励むことができるようになります。これらでコストはさらに下がり、現在3千円程度のタイ米の価格にも近づくことができます。品質の良い日本米に価格競争力もつけば鬼に金棒です。
 直接支払い自体もコストを下げます。アメリカやEUは直接支払いという鎧を着て競争しています。カリフォルニア米の生産や輸出にも多くの補助金が交付されています。日本の米だけが素手で競争する必要はありません。減反廃止と主業農家に対する直接支払い、これが正しい政策です。