コラム  外交・安全保障  2010.12.06

北朝鮮の砲撃事件

 11月23日、北朝鮮が起こした砲撃事件は南北間の大規模軍事衝突に発展するかもしれないと世界 に衝撃が走った。報道では、1953年以来初の北朝鮮による韓国側の陸上標的への攻撃であったとしてこれまでの紛争との違いが強調されているが、私には北 朝鮮が何回か起こしてきた事件との共通点や類似点が目につく。

 南北朝鮮はいわゆる38度線で分かたれていると言われることがあるが、実際の境界線は 水平でなく、地図を見ると陸上では左下り、半島の西側海上に出ると左上り、つまり北西の方向に延びている。これが北方限界線であるが、北朝鮮は海上の境界 線はもっと南側にあると主張している。そのようなこともあって北方限界線付近ではかねてから紛争が絶えず、哨戒艦撃沈事件も今回の砲撃事件もこの北方限界 線付近で起こっている。

 また、両方の事件ともどちらの側に責任があるか分かりにくい状況で起こっている。そう 言うと、今回の砲撃事件では北朝鮮が仕掛けてきたことは明白であると反論されそうだが、北朝鮮は韓国が「挑発してきた」とくりかえし主張している。韓国が 数日前から付近で演習を行っていたことを指しており、北朝鮮はこれに対し反発し、中止するよう要求し、韓国がそれに応じなかったので砲撃したのだ、だから そもそも韓国が「挑発してきた」ことがことの発端であったと強調しているのである。

 哨戒艦撃沈事件はもっと分かりにくい事件であった。海上で起こったことで、誰も見てい なかったからである。沈没の原因について国際調査が行われ、北朝鮮の魚雷攻撃が原因だと判断されるという発表があったが、必ずしもこの発表が受け入れられ ているわけではない。韓国側でさえもその発表に自信を持てないのではないかと思わせる節がある。わが国の新聞などはこの事件を「哨戒艦沈没」事件と呼んで いる。その船が「何らかの原因により沈没」したということであり、むしろこれが常識的な見解になっているようだ。

 では北朝鮮にとって今回の砲撃事件のメリットは何か。金正日の後継者として金正恩がデビューしたこととか、経済困難の中で困窮にあえいでいる国民の関心を外に向けようとしたこととか国内的要因との関連は別として、今回の事件の対外的な意味はかなりはっきりしている。

 すなわち、1953年以来の休戦状態に決着をつけ、平和条約を締結しなければ半島はい つまでも安定しないということをあらためて印象づけることに狙いがあったのではないか。平和条約が締結されれば北朝鮮の国際的地位は堅固になり、冷戦終結 後最大の課題であった体制維持の目途がついてくる。つまり、今回の砲撃事件も、北朝鮮がかねてから主張してきた平和条約締結と北朝鮮の安全保障という大き な目標実現に向けられたことではないかと思われるのである。

 北朝鮮としてもあまり行き過ぎた行動に出ると各国の非難が強くなり、マイナス効果が大きくなりすぎるが、紛争多発地で、責任の所在が明確でない事件を起こす程度にとどめておけば、非難は一時的なもので終わると踏んでいた可能性がある。

 平和条約問題は韓国もさることながら米国との関係が重要である。今回のような砲撃事件 を起こしても米国が肯定的に応えるはずはない。平和条約を願う北朝鮮としてそんなことをすれば逆効果となり平和条約実現はむしろ遠のく危険もあるが、この ことは北朝鮮としても当然織り込み済みであっただろう。

 北朝鮮はオバマ政権の誕生に関係改善の期待感を抱いたかもしれないが、現在の米政権の 北朝鮮に対する姿勢には失望どころか、不満を抱いていることはかなり明らかであり、北朝鮮としては今回の砲撃事件で半島の安定のためには平和条約が必要だ ということを強調しつつ、米国の現在の姿勢は半島の問題解決に役立たないことを示すことにした可能性がある。先の韓国哨戒艦撃沈事件のときも同様の考慮 だったのではないか。今回の事件が起こった時米国のボズワース北朝鮮政策担当特別代表が北京に滞在中であったのはたんなる偶然の一致でなかったように思わ れてならない。

 韓国の同盟国である米国はいち早く北朝鮮を非難するとともに韓国支持を表明し、空母 ジョージ・ワシントンを横須賀から黄海へ差し向け米韓合同演習を実施した。しかし、中国の前庭に軍艦を乗り入れさせる米国の行動を中国は嫌悪するであろう し、いずれ米国は中国に配慮を示すようになり、ひいては北朝鮮に対する強硬姿勢も長く維持できなくなると北朝鮮はみなしているのではないか。北朝鮮の瀬戸 際外交の背後には独特の中長期的発想があることを忘れることはできない。