メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.11.11

FTAで貿易自由化が進む可能性も

WEBRONZA に掲載(2010年11月11日付)

 金融危機発生後世界経済のブロック化が進むのではないか――。世界経済の現状をみて、このような心配をした人たちが思い出したのであろう1929年の大恐慌後の状況と今日を比較してみよう。
 当時失業に苦しんだ各国は自国産業の市場を確保しようとし、関税引上げ等の通商制限により自国および植民地の市場の囲い込みを行った。経済のブロック化である。アメリカは1930年悪名高いスムート・ホーレイ法を制定し、関税を大幅に引き上げた。最大の経済大国であるアメリカが市場を閉鎖したことにより、恐慌は更に深刻なものとなった。各国はアメリカから借金をしていたが、アメリカが輸入を抑制したため、ドル(金)をかせぎ借金を返すあてがなくなってしまった。
 また、各国は通貨の切下げにより輸出を増やし輸入を抑制するという近隣窮乏化政策(beggar-thy-neighbour policy)を採り、失業の輸出に努めた。これは厳しい通商戦争を招いた。1934年に至り、アメリカは互恵通商協定法を成立させ、保護貿易から脱却した。しかし、厳しい通商戦争も影響して第二次世界大戦がもたらされた。
 今日、確かにアメリカがドル安を放置している状況は当時の近隣窮乏化政策と似ていると言えなくもない。しかし、各国が競って自国通貨を切下げようとしているわけではない。何よりも重要なのは、当時と異なり通貨と通商に関する国際的な枠組みが存在しているということである。
 第二次世界大戦後、アメリカとイギリスは、国際経済秩序の再構築には、通商の安定・拡大と通貨の安定・協力が必要と考えた。アメリカには第一次世界大戦後の保護貿易、経済のブロック化が第二次世界大戦を招いたことの反省もあった。
 戦後の国際経済秩序再構築のための通貨に関する取極めは国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD)を設立するブレトン・ウッズ協定として1944年に成立し、通商の安定・拡大についてはガット(関税および貿易に関する一般協定)として1948年に成立した。ガットはウルグァイ・ラウンド交渉を経てWTO(世界貿易機関)となり、モノの貿易のみならずサービス貿易等を包含するとともに強力な紛争処理手続きを持った国際機関となった。
 今日ではガット・WTOで約束(譲許)した関税率以上の関税を課することはできない。スムート・ホーレイ法のようなことはできないのである。さらに、アメリカがこのような規制に対する脱法措置として60年代後半から使ってきた輸出自主規制、アンチ・ダンピング規制の恣意的な運用、301条のような一方的措置もWTOで規制されることとなった。
 FTA(自由貿易協定、EPAとも言う)については、どうだろうか?これも経済のブロック化につながるように思われる。
 FTAについては、その国へ一番安く輸出していた輸出国から協定締結国からの輸出に転換され、その国の経済余剰(関税収入)が減少するという貿易転換効果があると経済学では指摘されてきた。また、FTAでは協定締約国以外の国に対する関税は撤廃されたり削減されたりしないので、他の国から協定締約国を迂回して輸入される産品については従来通りの関税を課す必要が生じる。
 加工などが加わる場合どこまでを協定締約国の産品とするかどうかを判定するのが原産地規則だが、関税番号の変更、加工度や付加価値などに応じて協定ごとにまちまちであり、貿易業者も各協定の正確な理解を行う必要があるうえ作成する書類が膨大なものになるとともに、行政面でも、協定に基づきゼロまたは低い関税で輸入される産品なのか通常の関税が適用される産品なのかの判定に要する通関手続きコストも大きくなる。原産地規則が複雑に絡み合う現象をバグワッティ教授はスパゲッティ・ボール現象と呼んだ。
 貿易転換効果が生じるような場合には、域外国との間で貿易摩擦を生じるおそれがある。我が国はメキシコ、タイ、フィリピン等とのFTAでは、米など日本にとって重要な農産物については関税撤廃の対象とはしてこなかった。しかし、農産物の一大輸出国であるオーストラリアとのFTA交渉では、米、小麦、牛肉、乳製品などオーストラリアが関心を持つ品目は多数に上り例外品目に押し込めなくなっているため、交渉はほとんど進展していない。
 さらに、これらの品目はアメリカも輸出国になっていることから、オーストラリアとの間で関税を撤廃すると、アメリカからもFTA締結による関税撤廃を要求されかねない。そうすると、我が国の農業界にとっては、FTAのドミノ現象がおこり、WTOの最恵国待遇の原則の下で多数の国に対して関税を撤廃する場合と、実質的に同様の結果になってしまう。これが、農業界を自由貿易協定に消極的にさせてきた要因である。TPPについては当初からアメリカもオーストラリアも入っているので、特にそうである。
 逆に見ると、メキシコがアメリカやEUと自由貿易協定を結んだために、自動車などの輸出条件が不利となった日本がメキシコと自由貿易協定を結ばざるを得なくなったように、FTAは世界的な貿易の自由化を促進する可能性を持っている。EU内で発言力の高いフランスも関心を有するチーズの関税を日本がオーストラリアやニュージーランドとの間で撤廃すると、EUも日本とのFTAを真剣に検討せざるを得なくなるかもしれない。FTAのドミノ現象がおこるとWTOで世界中の国と関税を撤廃することと等しくなる。
 他の国を差別しないというのがガット・WTOの最恵国待遇の原則である。中国にバターの関税を10%としたのであれば、アメリカにも同じ関税を適用するということである。関税を二国間で撤廃しゼロとするFTAはこの最恵国待遇の原則の例外である。貿易転換効果は最恵国待遇の原則により適用される関税が高いときに生じやすくなる。最恵国待遇の原則の下での関税がゼロであれば貿易転換効果は生じない。また、迂回輸出の必要性もなくなるので、スパゲッティ・ボール現象もなくなる。いずれFTAはWTOに吸収されてなくなることになろう。FTAがブロック化を意図したとしても、世界全体での貿易自由化が進む可能性もあるのである。