メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.10.25

農業界はTPPに積極対応を

WEBRONZA に掲載(2010年10月25日付)

 アメリカやオーストラリアなどAPEC地域の9カ国が交渉を進める「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」に対し、11月中旬に横浜で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で参加を表明するかが、政府部内で大きな争点となっている。菅直人首相も参加に意欲を示しているが、農業関係者は「コメなどの重要品目を関税撤廃の例外とできるFTA(二国間の自由貿易協定)はまだしも、例外を認めないTPPは日本農業を壊滅させる」と反発を強めており、農林水産省はTPPに参加すると8兆5千億円の農業生産額が4兆1千億円も減少し、食料自給率は14%に低下するという試算を公表した。JA農協の全国組織、全国農業協同組合中央会は19日、東京都内で開いた集会で「TPP交渉への参加に断固反対する」特別決議を採択した。
 農業関係者が反対する現行のシンガポールなど4カ国が参加しているTPPは例外を一切認めないものであるが、これにアメリカやオーストラリアなど5カ国が加わり、新たな協定作りが進められており、新しいTPPでは例外を認めないと決まっているわけではない。オバマ政権に近い私の情報筋によると、アメリカがTPPに参加を表明したのには、オーストラリアなどTPP交渉参加国のなかに製造業に競争力を持つ国がなかったため、労働組合を基盤とするオバマ政権が、アメリカ農業界のことを考慮しないで簡単に決断してしまったという事情がある。しかし、米豪自由貿易協定でアメリカは砂糖を完全な例外扱いとしており、TPP交渉に入ると砂糖だけではなく、酪農品、牛肉などアメリカ農業で競争力のない産品の扱いが政治問題化すると思われる。
 農業問題は我が国が貿易自由化を推進する際に常に障害となる。オーストラリアとの自由貿易協定の交渉は2007年4月に始まってから3年以上も経ったものの、農業問題のために、いまだに合意していない。このような状況が生じるのは我が国の特異な農業保護のやり方にある。
 OECD(経済協力開発機構)は、農業保護を、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」の部分と、消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家を保護している「消費者負担」(内外価格差x生産量)の部分の合計で示している。2006年の保護額は、アメリカが293億ドル、EUは1,380億ドル、日本は407億ドル(約4.5兆円)である。日本の農業保護額は、アメリカの1.4倍、EUの3分の1以下で、人口・経済規模を考慮すると、EUと同程度で、日本の農業保護が飛びぬけて高いというのではない。
 しかし、貿易自由化交渉で農業のために日本がイニシャティブをとれないのは、保護の仕方が間違っているからだ。国際価格よりも高い価格で農家を保護している「消費者負担」の部分は、アメリカ17%、EU45%、日本88%(約4.0兆円)となっている。日本の農政は、消費者負担によって農家を保護しようというものであり、高い国内価格を守るために高い関税が必要となっている。次の表は、アメリカとEUが価格ではなく直接支払いという補助金で農家を保護しようとしているために高い関税が必要となくなっているのに対し、我が国が多くの品目で200%を超える高関税(コメは778%)を継続していることを示している。

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 消費者負担型農政の問題は、高い価格を消費者に負担させるので消費が減ることである。同じ量の生産量を維持しようとすれば、高い価格で外国産農産物の輸入を行わせないよりは、農家所得は財政で面倒をみたうえで、価格を下げて消費が増えた分を輸入するようにすれば、貿易自由化交渉にも対応できる。EUは価格を下げて財政から農家に直接所得補償を行うことで、WTO交渉などに対応している。
 国内農業が激減するという農林水産省の試算には、意図的な誇張があると考えられる。試算の内容は明らかでないが、国内の農業生産コストを低い品質の外国農産物価格と比較している可能性がある。コメだと日本米と品質的に競合する中国産米ではなく1993年に輸入してみたものの売れ残ったタイ米と比較しているのかもしれないし、中国産米についても日本に輸出されるようなコメは品質の良いものであるのに、中国の市場で売られているようなコメの価格を採っている可能性がある。日本の米価(60kg当たり)は国内需要の減少により10年前の約2万円から14,000円台に低下しているが、日本が実際に中国から輸入している中国産米の価格はこの間約3千円から1万円台にまで上昇している。このことは、現在でも関税は40%も要らないことを示している。減反を止めれば、米価は約9,500円に低下し、中国から輸入される米よりも国内価格は下がるので、関税ゼロでも対応できるようになる。
 さらに、国内コストについても零細な農家も含めた農家の平均コストを採用しているはずである。下の図が示すように、零細な農家と規模の大きい農家のコストには大きな格差がある。規模の大きい農家は関税がなくなってもやっていけるし、価格低下によって零細農家が退出すれば農地を引き取ってさらに規模を拡大しコストを下げることが可能となる。

(図)米作の規模と平均費用
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 コメについては、財政負担なしで関税を撤廃できる。その他の農産物についても内外価格差は縮小している。新たに2500億円ほどの財政負担を追加することで関税を廃止することが可能である。
 これまで農業界が高い関税で守ってきた国内市場は高齢化と人口減少で縮小していく。自由貿易の下での農産物輸出は、人口減少時代に日本が国内農業の市場を確保し食料安全保障を万全のものとする道である。平時には米を輸出してアメリカやオーストラリア等から小麦や牛肉を輸入する。食料危機が生じ、輸入が困難となった際には、輸出していた米を国内に向けて飢えをしのげばよい。こうすれば平時の自由貿易と危機時の食料安全保障は両立する。というよりも、人口減少により国内の食用の需要が減少する中で、平時において需要にあわせて生産を行いながら食料安全保障に不可欠な農地資源を維持しようとすると、自由貿易のもとで輸出を行わなければ食料安全保障は確保できないのである。農業界はTPPに積極的に対応すべきなのである。