メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.10.15

「レアアースと食料の輸出制限」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2010年10月5日放送原稿)
1.    尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をきっかけにして、中国が自動車や家電製品などに広く使用されているレアアースの対日輸出を禁止したとの報道もなされました。また、この夏に起こった猛暑と干ばつのため、ロシアの小麦生産が大打撃を受け、ロシア政府は小麦の輸出を、8月15日から12月31日まで禁止すると発表しました。このような輸出の制限や禁止についての国際ルールはどうなっているのでしょうか?
 世界の貿易ルールを決めているのは、WTO、世界貿易機関です。WTOはモノの貿易、サービスの貿易などについてのルールを定めているいくつかの協定、条約を持っています。これは1986年から1994年まで行われたガット・ウルグァイ・ラウンド交渉で合意されたものです。このなかで、モノの貿易の基本的なルールを定めているのが、ガットといわれる協定です。
 ガットにはいくつかの原則があります。一番重要な原則は、最恵国待遇の原則と呼ばれているものです。これは、どの国も他のガット加盟国を不平等に扱ってはならないという原則です。例をあげると、日本がアメリカに自動車の輸入関税を10%にすると約束したのであれば、日本はドイツ車の関税も10%としなければならないということです。特定の国だけを有利に、または不利に扱ってはならないと言ってもよいでしょう。
 今回の輸出制限で関係する原則として、輸出や輸入の数量制限の禁止が挙げられます。輸入するときには関税は認められるが、これだけの量しか輸入できないという数量制限については認められないということです。輸出についても、輸出税は認められますが、数量制限は原則として禁止されています。ガット第11条の第1項は、「割り当てによると、輸入または輸出の許可によると、その他の措置によるとを問わず、関税その他の課徴金以外のいかなる禁止または制限も新設し、または維持してはならない」と規定しています。

2.    輸出の数量制限禁止の原則について、例外は認められないのですか?
 ガット第11条の第2項は、例外が認められる場合として、「食糧その他輸出国にとって不可欠の産品の危機的な不足を防止し、または緩和するために一時的に課すもの」を挙げています。今回の措置のうち、まずロシアの穀物禁輸については、ロシアはまだWTOの加盟国ではないのですが、食料ですし、期間を区切っていますので、「危機的な不足を防止し、または緩和するために一時的に課すもの」だという正当化はできると思います。
問題は中国の措置です。レアアースは食料ではありませんが、中国にとって不可欠の産品だと中国が主張すれば、認めざるをえないかもしれません。しかし、レアアースを使った自動車や電化製品などのハイテク製品を自国用だけではなく輸出しているのであれば、「危機的な不足を防止し、または緩和するため」であると主張することはどうでしょうか。また、量が多いか少ないかは別にして、これまでも輸出割当てを行ってきており、これをさらに長期にわたって継続すれば、「一時的に課すもの」とはいえないでしょう。

3.    最恵国待遇の原則については、どうでしょうか?
 日本にだけ輸出を禁止したり、制限したりすれば、当然最恵国待遇の原則に違反します。もちろん、ガットでは、どの原則についても安全保障にかかわる場合には例外が認められますが、日本と戦闘状態にあるのであればともかく、日本だけに禁輸することが「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要である」と主張することは難しいでしょう。

4.    外交戦略としてこのような輸出禁止を用いることは成功するのでしょうか?
 オイルショックのときのOPECのような例外的な成功事例はあるかも知れませんが、外交戦略として輸出禁止を用いることは、短期的には成功しても、長期的には失敗します。
1973年アメリカが大豆の輸出を禁止したことがありました。当時ペルー沖で採れるカタクチイワシが不漁で、アメリカの輸入量が減少しました。アメリカはカタクチイワシを家畜のエサとして使っていたのですが、これが使えなくなりました。このため、油を生産するために大豆を搾ったカスをエサに回すことにしたのです。つまり、家畜のエサが足りなくなったので、日本人が豆腐、味噌、醤油、納豆など食用に利用する大豆を禁輸したのです。わずか2ヶ月間の禁輸でしたが、日本では豆腐が食べられなくなるという騒ぎが起きました。これに懲りた日本政府はブラジルの農地開発に協力し、ブラジルは大豆生産を開始しました。これによって、ほとんど大豆を生産していなかったブラジルが今日アメリカと並ぶ一大生産国になってしまいました。また、ソ連がアフガニスタンに侵攻した時にも、アメリカはソ連に対し穀物を禁輸しましたが、ソ連は他の輸出国から穀物を調達しました。このような失敗の教訓からアメリカは学びました。アメリカは食料について輸出制限を行おうとはしません。


5.    レアアースについては、どうでしょうか?
 中国の生産量が世界の9割を占めていることは事実ですが、資源量では中国は世界の3分の1に過ぎません。中国の輸出規制の強化を受けて、アメリカ、オーストラリア、カザフスタンなどでは生産の拡大に乗り出しました。また、レアアースを使用しないような製品の開発も検討されています。今回も、意図したような成果は得られないのではないかと思います。