今年度から導入される「戸別所得補償政策」は、米生産がコスト割れしているので、コストと米価の差10アール当たり1万5千円を農家に支払うというものだ。 しかし、コスト割れしているのなら、これまで農家は生産を継続できなかったはずだ。コストが米価より高い理由は、このコストが、肥料、農薬など実際にかかった経費に、勤労者には所得に当たる労働費を農水省が計算して加えた架空・机上のコストだからである。
農水省の統計でも販売収入から経費を引いた米農家の農業所得は、平均では39万円、7~10ha規模の農家では440万円、20ha以上の規模では1200万円となるなど、実際にはコスト割れなどしていない。
日本と同様、かつては高い価格で農家を保護していたEUも、ウルグァイ・ラウンド交渉を乗り切るために価格を下げて農家への直接支払いという財政による補てんに切り替えた。消費者負担から財政による農家保護への転換である。
しかし、農家が今回の戸別所得補償を受けるためには、生産を減少して高い米価を維持するという減反へ参加することが条件である。高い米価水準は下がらない。これまでも農家を減反に参加させるため、毎年2千億円、累計で7兆円に上る補助金が支出されてきた。今回これに3,371億円という戸別所得補償を加えるので、減反補助金と合わせると5,618億円となる。
高い米価という消費者負担に納税者負担が加重されるのだ。価格が下がらないのでWTOやFTAなどの貿易自由化交渉にも対応できない。
米価が低下すると戸別所得補償は増額される。逆に米価が上がっても、戸別所得補償は減額されない。つまり、農家には、減反で維持されている現在の米価に10アール当たり1万5千円を加えた水準を上回る手取りが常に保証されることになる。
さらに、バラマキ批判があるように、戸別所得補償は零細な兼業農家を含めほとんど全ての農家に支払われる。実質米価の引き上げで、零細・非効率な兼業農家も農業を続けてしまい、企業的な農家に農地は集まらないので、米作の高コスト構造は改善しない。逆に、これまで主業農家に貸していた農地を兼業農家が貸しはがすという事態も生じている。
米価が下がるとJA農協は米の販売手数料を確保できなくなるので、米価下落を恐れるJAは政府に市場から米を買い入れて米価を維持するように求めている。しかし、農水省は、農家が戸別所得補償を受け取るためには減反参加が条件なので米価は下がらないだろうし、下がっても戸別所得補償が増額されるので農家は困らないとしている。この主張は明快だ。
しかし、米価はこの10年間で25%も低下した。減反を強化しても米消費の減少に追いつかなかったからである。今後は高齢化で一人が食べる量が減少するうえ人口も減少するので、米の総消費量はさらに減少し、米価は下がる。
構造改革が進まないでコストが下がらないまま米価が下がれば、戸別所得補償に必要な財政負担は増大する。いずれ財政的に負担しきれなくなり、見直さざるを得なくなる。その際には、勤労者世帯よりも高い所得を得ている兼業農家にも所得補償をするというのではなく、農家らしい農家に支援を限定せざるをえないだろう。
こうすれば、規模の大きい農家の平均コストは低いので戸別所得補償の単価を圧縮できるとともに、対象農地も限定できるので、単価と量の両面で財政支出を抑えることができる。減反を廃止すれば、米価が下がるばかりか、2000億円の財源をねん出できる。こうすれば米農業の構造改革も進み、輸出もできるような強い農業を実現できるだろう。