コラム  外交・安全保障  2010.09.13

政治任用制度の研究(2):米国の政治任用制度~『政治任用』ってどんな人?

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 米国の政治任用制度はしばしば、日本で政策決定過程における「官僚依存からの脱却」や「政治主導」のシンボルとして引き合いに出されることが多い。米国の制度が一般にもたれているイメージは「政権交代に伴い多くの政治家や政治家に近い民間の専門家が政府に入り、官僚組織の上に立って指揮して政策の企画・立案を行う」とポジティブなものではないだろうか。

 しかし、米国の政治任用制度の実態が必ずしも日本で十分に理解されているとは言いがたい。本コラムでは米国の政治任用制度を様々な角度から見ながら、日本に同様の制度を導入する際に留意すべき点を検討していきたい。

 「政治任用者」ってどんな人?

 そもそも、米国の政治任用制度とは何か?大雑把に言えば「ホワイトハウスを牛耳る党が交代するたびに上は閣僚から下は政権幹部のかばん持ちや秘書までがごっそりと入れ替わる制度」である。この中で「政治任用者(political appointee)」と言われるのは主に日本で言えば各省の大臣、副大臣、政務官、局長、審議官などの幹部、これにさらに日本の官僚組織には存在しない「特別補佐官」や「上級補佐官」などが加わる。その数は政府全体で3000人あまりに上る。「政治任用者」が政権交代のたびに大幅に入れ替わる米国の制度は「回転ドア(revolving door)」とも呼ばれる。

 この「政治任用者」になる人は一体、どのような経歴をもっているのだろうか?そもそも、日本では政府の中で政策に関わるためには(1)公務員、(2)国会議員や議員秘書、(3)政党職員、ぐらいしか選択肢がない。公務員になった人が、ある議員の秘書を数年やったあと再び公務員に復帰したり、政党職員が数年、役所で公務員として働いた後、再び政党に戻る、など、職種のカテゴリーをまたがるキャリアパスを持つことはほぼ不可能に近い。当然、それ以外の業界(ビジネス界や学界など)とこれらの職種との間も一度職を変えると後戻りができない「片道切符」だ。議員秘書が「政務秘書官」として閣僚や準閣僚について省庁に入る、あるいは、政党職員や民間の人が、ある議員が政府の要職に就く際にそれまでの職を辞して公務員として役所に所属する、というのが今の日本では一番、「政治任用者」に近いケースだが、これも、もともと議員秘書であった場合を除いてはあまり例が多くない。

 これに対し、米国の政治任用者が政府に入るまでの職歴は多岐にわたる。日本でもお馴染みのリチャード・アーミテージ元国務副長官は、海軍軍人としてベトナム戦争に従軍した後退役、国防省のコンサルタントやドール上院議員補佐官などを経て、政府高官としての最初のポジションである国際安全保障問題担当国防次官補の職に就いている。現在のオバマ政権で東アジア太平洋担当国務次官補を務めるカート・キャンベル氏は、ホワイトハウス・フェロー(有能な若手のプロフェッショナルを選抜して、1年間、ホワイトハウスをはじめ連邦政府各省庁の中堅クラスにフルタイムで勤務させるプログラム)として財務省で最初に政府での仕事を経験するまではハーバード大学ケネディ・スクールで教鞭を取っていた。オバマ政権発足時に政権入りが取りざたされたロバート・ルービン元財務長官はクリントン政権入りするまでは、ゴールドマン・サックスに長年務めた財務・金融のプロだ。

 米国の制度が日本と大きく異なる点の一つに、政府で政策形成に関与するための道が複数あることがある。前述のキャンベル国務次官補が政府で仕事をする契機となった「ホワイトハウス・フェロー」という制度や、「政府間人事流動プログラム(Intergovernmental Personnel Act Mobility Program)」(連邦政府、州政府、大学、政府の助成を受けるシンクタンクの間での人事交流プログラム。主に大学やシンクタンクから政府に一時的に出向する場合に使われる制度)など、気鋭の大学教授や研究者が実際に政府の中で政策形成に関与できる制度が存在する。このような制度により政府で早いうちから実務経験を積んだ研究者や学者が、将来の政治任命者の人材プールになっていくのである。

 このように様々なバッググラウンドを持つ人がどのようなプロセスを経て政府入りし、官僚組織の上に立っていくのか。政治任用者はどのように作られていくのか。また、「回転ドア」とも言われる政治任命者のキャリアパスはどのようなシステムにより支えられているのか。次回以降のコラムではこれらの点に焦点を当てたり、実際に政治任命者として政府で勤務したことがある人の体験談を交えたりしながら、米国の政治任命制度の実態について検討していきたい。