コラム  外交・安全保障  2010.08.25

政治任用制度の研究(1):『政治任用』の環境整備(上)

【新連載】外交・安全保障グループ(宮家邦彦研究主幹)が新たなコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』の連載を始めました。
今後、同グループの研究員、PAC道場のメンバー、様々な分野の専門家が、「日本における政治任用制度定着の可能性」につき大胆に考えていきます。

 今回の参議院議員選挙で示された「民意」をどう捉えるかについては意見が分かれると思われるものの、こと「公務員制度」の「改革」の必要性については、各党とも意を強くしているようである。ただ、数を減らし、給料をカットし、「信賞必罰」の人事にする、といった議論は一見わかりやすいが、真に問題なのは、政府を支える人材の「中味」をどのように考え、そのためにどのような制度が必要かである。

 

 「政治主導」・「脱官僚(依存)」の実現、そして、そのための「政治任用」の活用が必要であるとしても、これを実現するためは、実態・運用と、制度設計の両面から検討することが必要である。特に、ある意味で滑稽だが根深いものとして、職業公務員集団の「組織文化」の問題がある。行政組織が部内(育成)での人材育成のみでは立ちゆかないことは十分認識されているものの、体質として「外部人材の導入」を受け容れにくい性向が見られる。もちろん、近時、細々とであるが導入されている民間人材採用制度等により、じわじわと「文化」の変容は進んでいるが、「執拗低音」(丸山真男)・「官のシステム」(大森彌)の根強さも十分に考慮に入れて「変革」を行っていくことが必要であろう、(昨年9月以降の政治の「手綱さばき」は、必ずしも上手くいかなかったようである。)

 実は、この話、決して最近になって顕在化した問題ではなく、例えば、昭和16(1941)年近衛第2次内閣の「官吏制度改革」に関する閣議決定の筆頭には、「民間ノ組織経験ノ活用」が掲げられていた。議論として興味深いのは、この動きを巡って、さらに前の平沼内閣時(1939年)に、今はなき「事務次官会議」で示された、次のような「反対理由」である。

(1)民間でいかにエキスパートであったとしても、民間の仕事と国の行政とはそもそも性質が違うので、その者が行政官として有能とは限らない。
(2)役人の低い給料でもやってくるのは、有力者との個人的関係などで引っ張られて来る人だろうから所詮長続きしないだろう。
(3)行政にいた後に再び民間に戻ると、重要な機密が漏れてしまったり、公務で得た知識や情報を営利事業で利用されたりする危険がある。
(4)いきなり上司として民間人がくると、試験採用で努力してきた他の職員の昇進の路をふさぐことになる。
(5)部内で鍛えられながら昇進する過程でさまざまな資質も身に付けるので、急に民間から来た者では部下の指揮監督もうまくできないだろう。

 これらは、とても今から70年以上も前のものとは思えず、決して昔話として一笑に付すことはできない内容である。しかし、それでは、そのような「文化」にどう対処したらよいか、となると、なかなかやっかいな問題である。ただ、これが実態・運用の面の問題であることから、短兵急に「制度改正」を考えるのではなく、まずは、導入される外部人材の側について、

(1) 政治(国民)と行政との間で、双方の「言葉」を良く理解した上で、仲立ち役、通訳・翻訳者として意思疎通の円滑化を図れる人材
(2) サブスタンスの面で、部内の公務員では見落としているものや、部内で得られない専門的知識・識見をもつ人材
が「実績」を示していくと、自ずと部内の者からの敬意を示されるようになろうし、このあたりが「解決の糸口」になるのではないだろうか。


 

筆者紹介

鵜養 幸雄 (うかい ゆきお)
立命館大学公務研究科副研究科長・教授。1955年生。東京大学法学部卒。人事院勤務等を経て、2007年立命館大学公務研究科教授、2009年より現職。