メディア掲載  グローバルエコノミー  2010.08.04

「選挙後の食料・農業政策の行方」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2010年7月13日放送原稿)
1.選挙結果が出ましたが、今回の選挙で民主党と自民党はどのような農業政策を主張したのでしょうか?
 民主党は農政の目玉として「戸別所得補償政策」を掲げました。政府は40年も米の生産を制限して米価を維持するという減反政策を行ってきました。「戸別所得補償政策」とは、減反に参加する農家に農地面積10アール当たり1万5千円のお金を支払うというものです。支払う対象の農家は専業農家だけではなく零細な兼業農家を含めほとんど全ての農家に支払うというものです。
 米価が低下すると戸別所得補償は増額されます。逆に米価が上がっても、戸別所得補償は減額されません。つまり、農家には、現在の米価に10アール当たり1万5千円を加えた水準を上回る手取りが常に保証されることになります。実質米価の引き上げで、零細・非効率な兼業農家も農業を続けてしまい、専業農家に農地は集まらないので、米作の高コスト構造は改善しません。
 自民党は、農業や農村は農産物生産以外に水資源の涵養や洪水防止などのいわゆる多面的機能を持っているので、これに対して「日本型直接支払い」を交付するとしています。しかし、その具体的な内容については明らかではありません。民主党の「戸別所得補償政策」に対しては一過性のバラマキだと批判し、農家が望んでいるのは、「再生産可能な適正価格」と「安定した所得」の両方ですと主張しています。しかし、対象となる農家を絞るというのではなく、全国一律の支払額ではなく、多様な担い手の経営を支える「経営所得安定制度」を作りますとしています。内容ははっきりしませんが、専業農家も兼業農家についても所得が一定水準を下回れば補償するというもののようです。また、農協にもさまざまな農協がありますが、この中でもJAという農協について、「JAこそ地域の担い手との認識に立ち、その機能を十分に発揮するための政策を強力に推進します」としています。特定の組織の支援をこれだけ鮮明にしたのは珍しいことです。

2.第3極として注目された「みんなの党」はどうでしょうか?
 みんなの党の政策ははっきりしています。減反政策を段階的に廃止して米価を下げることで、国内の需要を拡大するだけではなく、輸出も可能にしようというものです。その際米価低下で影響を受ける意欲のある農家に限定して政府からの直接支払いを行うとしています。意欲のある農家を政策対象とし大規模農業を育成してコストダウンを行えば、価格が下がり輸出も可能になるのですから、国内農業を関税で保護する必要はありません。したがって、「農産物を聖域としないFTA交渉の積極展開」が可能になるとしています。昨年の総選挙で、民主党がマニフェストの「日米FTAの締結」という表現について農業団体から抗議されたため、「日米FTA交渉を促進する。その際、国内農業・農村の振興を損なうことはしない」という表現に変更したのとは違います。民主党もみんなの党も農家への直接支払いという点では同じですが、民主党が減反政策を維持して米価を下げない、したがってFTA交渉への対応が難しくなるというのと違い、EUが農産物の支持価格を下げて直接支払いを導入したように、米価を下げて米の輸出もFTA交渉への対応もできるようにしようというものです。価格支持から直接支払いへという世界的な農政改革の流れにも沿っています。

3.この参議院選挙の結果を受けて、食料・農業政策はどのように変わると予想されますか。
 米価が下がると、米価を維持することによって、販売手数料を確保してきたJA農協は困ります。現在米価下落を恐れるJAが政府に市場から米を買い入れて米価を維持するように求めているのはこのためです。JAを支援する自民党が「再生産可能な適正価格」が必要だとしているのもこのためです。しかし、民主党は、農家が戸別所得補償を受け取るためには減反参加が条件なので米価は下がらないだろうし、下がっても戸別所得補償が増額されるので農家は困らないとしています。この主張は明快です。
 しかし、米価はこの10年間で25%も低下しました。減反を強化しても米消費の減少に追いつかなかったからです。今後は高齢化で一人が食べる量が減少するうえ人口も減少するので、米の総消費量はさらに減少し、米価は下がります。
米価が下がれば、戸別所得補償に必要な財政負担は増大します。いずれ財政的に負担しきれなくなり、見直さざるを得なくなると考えられます。その際には、勤労者世帯よりも高い所得を得ている兼業農家にも所得補償をするというのではなく、農家らしい農家に支援を限定して財政支出を抑えるとともに、輸出もできるような農業を作るという方向に政策を転換せざるを得なくなるのではないかと思います。