コラム 外交・安全保障 2010.07.02
3月26日に発生した韓国哨戒艦沈没事件の原因を調べていた国際軍民合同調査団は5月20日、北 朝鮮による魚雷攻撃が破壊・沈没の原因であったという調査結果を発表した。北朝鮮によるこの蛮行はこの地域の平和と安定を脅かすものであり、国連憲章に違 反するのはもちろん、朝鮮戦争の休戦協定にも違反すると言われている。韓国は安保理において日米豪などと協力し、制裁の強化を内容とする新しい対北朝鮮決 議を採択しようとしている。当然であろう。
一方、北朝鮮の国防委員会は調査結果の発表に即座に反応し、沈没事件への関与を否定し た上調査を「強盗的な謀略劇」と決めつけ、制裁が実施されれば「全面戦争を含む強硬措置で応える」と警告する声明を発表するなど、相も変らぬ居丈高の態度 を示している。これを口先だけだと軽視するのもよくないが、北朝鮮はかつてソウルを「火の海にしてやる」などと言ったこともあり、その言辞に過大反応する のもよくない。韓国の人たちは強い憤りを覚えつつも比較的冷静に対応しようと努めているようである。韓国の友好国としてわが国も最大限協力すべきである。
短いコラムでこの事件を論ずることはできないが、一つだけ感想を述べておきたい。今回 の事件の影響で六か国協議がどうなるかであるが、早期の開催が困難になるというのが大方の見方であろうし、私もそう思う。北朝鮮の核やミサイル、それに拉 致問題などの解決を図る六か国協議は今回の事件とは別の問題であり、それを意図的に後回しにするわけではないが、このような状況では物事におのずと優先順 位が出てくるのはやむをえない。もちろん重要性の順位ではなく、緊急性の優先順位であるが。
問題は、北朝鮮が六か国協議開催の遅れを喜ぶだろうということである。北朝鮮はかねて からこの協議にあまり積極的でないどころか、何か起こるたびに協議を中断し、再開には種々の条件を持ち出すなど非常に消極的な態度を取ってきた。先般の金 正日総書記の訪中の際も、六か国協議に積極的な中国の説得にもかかわらず、あまり明確な態度を示さなかったと言われている。要するに、六か国協議につい て、中国はもちろん北朝鮮以外のすべての国は早期の再開に努めているが、北朝鮮は四の五の言ってなかなか応じないという形になっている。外交の世界では要 求する側をデマンドゥールと言う。要求する側は何らかの理由があって要求するのであるが、具体的な状況は複雑で、相手側からみた場合には状況が違っていて こちらで考える理由が説得力を持たないこともあり、要求目的を達成するのは必ずしも容易でない。六か国協議がまさにその一例である。
ともかく、北朝鮮が引き起こした事件により被害を受けた側が六か国協議開催の延期という、北朝鮮の喜ぶことをせざるをえなくなっている。じつにおかしなことである。どこに問題があるのか。この際、あらためて六か国協議の効用や必要性を冷静に考え直してみるべきではないか。
そもそも六か国協議については、とくに北朝鮮に核兵器を放棄させるという目的にてらし て必要でないどころか、方法として間違っているのではないかという疑念を私は抱いており、そのことは前にも同じコラムで書いたことがある。要するに、北の 核に決定的な影響力を持ちうるのは米国だけであり、中国といえどもそのことに関してはわき役に過ぎないということである。したがって、六か国協議が今回の 哨戒艦撃沈事件によって開催困難になったのであれば、その再開にこだわることはなく、むしろ正しいアプローチに戻るよい機会と思えばよいのではないか。
北の核を放置しておいてよいと言うのではない。それを放棄させるのに真に必要な方法を 取るべきであり、そのためには北朝鮮の安全保障と核問題を米朝間で解決するしかない。米国は、核兵器を持たない国に対しても核攻撃の可能性を維持するとい う従来からの核政策を変更することが必要になるかもしれないが、米国がそれに踏み切れば米国を見る各国の目は違ってくるであろう。核政策の変更には米国の 軍部から反対の声が上がるかもしれないが、長い目で見れば米国の利益にかなうと思われる。