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「自由貿易協定と農業」
メディア掲載 グローバルエコノミー 2010.07.02
「自由貿易協定と農業」
NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2010年6月15日放送原稿)
山下 一仁
研究主幹
1.先週、日本とオーストラリアの自由貿易協定についてのシンポジウムにパネリストとして参加されたようですが、まずは、このシンポジウムについての背景について説明してください。
6月の5日と6日に札幌でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の貿易大臣会合が開かれました。そこでAPECのメンバー国の一つであるオーストラリアの貿易大臣が来日する機会をとらえて、7日に東京でシンポジウムが開かれました。日本側からは岡田外務大臣、オーストラリアからはサイモン・クリーン貿易大臣が基調講演をしたのちに、両国から専門家が出席してパネル・ディスカッションが行われました。
2.このシンポジウムのテーマとなっている自由貿易協定について、説明してください。APECの貿易大臣会合には、WTO、世界貿易機関のラミー事務局長も出席されたようですが、WTOと自由貿易協定はどのように違うのでしょうか?
WTOも自由貿易協定も貿易の自由化を推進するものだという点では同じです。しかし、WTOは世界の150カ国以上の国が参加する国際機関ですが、自由貿易協定は基本的には2国間または複数の国の間の協定だという違いがあります。実は、自由貿易協定についての規律、ルールもWTOで決められているのです。というのは、WTOの基本中の基本の原則は貿易相手国を差別的に扱ってはいけないというものです。たとえば、アメリカから輸入する小麦にかける関税を100%と決めれば、オーストラリアからの小麦についても100%としなければならないということです。難しい言葉ですが、これは「最恵国待遇の原則」と呼ばれています。これに対して、自由貿易協定では、協定の相手国とそれ以上の自由化約束をするのです。つまり、WTOの一般の加盟国には小麦の関税を100%にするのですが、オーストラリアに対しては関税をゼロにするというのが自由貿易協定です。つまり、自由貿易協定はどの国も同じように扱うというWTOの基本原則の例外なのです。このため、WTOで自由貿易協定についての規定が置かれたのです。それはできる限り多くの品目について、関税をゼロにすべきだというルールです。ただし、これは原則なので一部の品目については、自由貿易協定の対象にしないことも可能だとされています。しかし、どれだけの品目について例外とするかは、自由貿易協定を結ぼうとする国の間で交渉されることになります。
3.では、日本とオーストラリアの自由貿易協定については、何が問題となっているのでしょうか?山下さんがシンポジウムに参加したということは農業問題なのでしょうか?
その通りです。この両国の自由貿易協定の交渉は2007年4月に始まってから3年以上も経ちましたが、農業問題があるために、いまだに合意していません。オーストラリアは小麦、牛肉、乳製品、砂糖などの農産物の関税をゼロにしてほしい。日本は農産物はできれば協定の対象から外したいというのです。シンポジウムには私のほかにオーストラリアの全国農業者連盟の会長も参加しました。日本の農業界が脅威を感じているのはオーストラリアの農業は世界で最も効率的でコストが安いということです。
4.合意は困難なのですか?
OECD(経済協力開発機構)は、農業保護を、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」の部分と、消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家を保護している「消費者負担」の部分の合計で示しています。
2006年の保護額は、アメリカが293億ドル、EUは1,380億ドル、日本は407億ドル(約4.5兆円)です。日本の農業保護額は、アメリカの1.4倍、EUの3分の1以下で、人口・経済規模を考慮すると、EUと同程度です。日本の農業保護が飛びぬけて高いというのではないのです。しかし、WTOや自由貿易協定の交渉で農業のために日本がイニシャティブをとれないといわれるのは、保護の仕方が間違っているからです。国際価格よりも高い価格で農家を保護している部分は、アメリカ17%、EU45%、日本88%(約4.0兆円)となっています。日本の農政は、消費者負担によって農家を保護しようというものです。高い価格を守るためには高い関税が必要だということです。
5.高い価格や高い関税で農家を保護することについての問題は何でしょうか?
高い価格を消費者に負担させるので消費が減ります。同じ量の生産量を維持しようとすれば、高い価格で外国産農産物の輸入を行わせないよりは、価格を下げて消費が増えた分を輸入するようにすれば、WTO交渉や自由貿易協定の交渉にも対応できます。EUは価格を下げて財政から農家に直接所得補償を行うことで、ガットやWTO交渉に対応しています。日本も2500億円ほどの財政負担で関税を廃止することが可能です。しかし、日本の農政は、1兆円もかけて農家への戸別所得補償政策を導入しようとしていますが、生産を制限するという減反政策をさらに続けて、価格をいままでどおり維持したうえで戸別所得補償をこれに上乗せしようとしています。コメの消費拡大にもつながらないし、貿易の自由化交渉にも対応できません。GDPの1%に過ぎない農業のために、日本全体の貿易交渉が進まないという状況になっているのです。
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