コラム  外交・安全保障  2010.04.22

オバマ大統領の核不使用宣言

 オバマ大統領は4月6日、ワシントンで米国の「核戦略見直し」を発表した後プラハへ飛んでロシア のメドベージェフ大統領と新しい核軍縮条約に署名した。プラハはちょうど1年前、オバマ大統領が核軍縮に積極的な演説を行って世界の注目を浴びた記念すべ き場所であり、強行軍の旅であったが世界に与える効果を意識した巧みな演出であった。

 米ロ二核超大国が核軍縮を実行することは極めて好ましいことであり、「核戦略見直し」 と新核軍縮条約にとどまらず、さらなる進展が期待される。米ロ以外の国としてもこのように状況が好転してきたことをよい機会ととらえ核の廃絶に向かって前 進していかなければならないのはもちろんであるが、軍縮はジャングルであり、簡単な世界ではない。今回の米ロ合意にしても、それが完全に実行されてもまだ 大量の核が残ることが指摘されている。進展があったというニュースが流れても客観的に見ていかなければならないという精神で今回の進展についてコメントし よう。スペースの制限があるので一つだけにしておく。

 オバマ大統領は、NPT(核兵器不拡散条約)を順守する非核兵器国に対しては、核攻撃 も核の脅しもしないと宣言した。これは「消極的安全保障」と呼ばれていることである。邦字各紙はこのことをトップの、あるいはトップでないにしても最重要 の発表の一つとして報道しているが、これには首をかしげざるをえない。

 不審に思う理由の前に、非核兵器国に対する核攻撃や核の脅しをしないことの背景を説明 しておく。1968年、NPTが締結されたのは、米、ソ、英、仏および中以外の国へ核兵器が拡散することを防止するためであった。その結果、世界は核兵器 を持つ国と持たない国に分かれることとなり、核兵器を持たない国の安全は一方的に脅かされることになった。拡散防止を目的に作られた条約が生みだした一種 の付随的効果である。核兵器を持たない国にとっては国家の一大事であり、その安全を保障してもらいたいと要求したが、これに対して核兵器国は中途半端な対 応しかしなかった。

 問題は、核を持たない国が、保障は条約で明確に行うべきだと要求しているのに対し核兵 器国は核攻撃をしないことを「宣言」しかしないことにある。「宣言」と「条約」はまったく異なる。「宣言」はその時点での意図表明に過ぎない。将来変わる こともある。宣言が守られなくても、政治的にはともかく、法的な責任を追及することはできない。米国自身「宣言」と「条約」はまったく違うという立場であ る。

 核不使用宣言が最初に行われたのはNPTが成立したときであった。非核兵器国は不満で あってもNPTを成立させたのだから結局は妥協したのではないかと指摘されるかもしれないが、冷戦が厳しい中で米ソ両国がめずらしく共同で懸命に実現しよ うとしていることにどの国も異議を唱えられなかったのである。非核兵器国があくまで不満だと主張すればNPTは成立しなかったであろう。その後、1978 年に国連軍縮特別総会が開かれたときにも非核兵器国は条約による安全の保障を求めたが、核兵器国は前回とほとんど同様の対応しかしなかった。それ以来この 問題はつねに議論されてきたが、なかなか進展しなかった。

 1995年になってすこし様相が変わり始めた。その年、NPTが発効してから25年の 期限を迎え、それを無期限延長するか否か決定することとなっており、核兵器国としても非核兵器国の要求に耳を傾けざるをえなくなったのである。そのときの NPT検討会議では、法的拘束力のある文書、つまり条約で「消極的安全保障を行うことを検討すべきである」ことが合意され、5年後の検討会議では「法的拘 束力のある消極的安全保障はNPTを強化する」という評価まで下され、さらに「2005年の検討会議で具体的な検討を行う」という予定が立てられた(引用 は読みやすくするため書き換えた)。この2000年と2005年の合意は非常に重要である。

 しかしながら、2001年に発足したブッシュ政権は消極的安全保障についてまったく後 ろ向きになり、以前の合意を確認することも拒否するようになってしまった。そのようなことがあってよいのかと読者は思われるであろうが、事実である。条約 と合意がまるで異なることが如実に示されていた。

 オバマ政権は、この姿勢を半分是正した。「半分」と言うのは、オバマ大統領は核不使用問題に積極的になったが、その宣言は核兵器国が以前に行ったことの焼き直しに過ぎず、2000年の合意にまでは立ち返らなかったからである。

 したがって、オバマ大統領の核不使用宣言に喜ぶのは早すぎると思う。わが国を含め非核兵器国は条約による消極的安全保障を求めていくべきではないか。