コラム  外交・安全保障  2010.02.24

グローバル・ゼロ運動

 「グローバル・ゼロ」運動の会議がパリで2月2日から4日まで開催された。カーター元米大統領、 ゴルバチョフ元ソ連大統領ら世界の指導者100人が2008年12月、核兵器の廃絶を目指してあらたな運動を呼びかけ、「グローバル・ゼロ宣言」を発表し たのが始まりである。今年の会議は第2回目であった。

 会議は内容が大事であるのは当然だが、あえて組織的な側面から紹介する。参加者の数で はグローバル・ゼロより大規模な運動は他にいくつもあるが、これほど世界のハイレベルを集めた運動はまずないだろう。出席者リストの記載順に見ていくと、 首脳級では福田康夫元日本首相、ノア・ジョルダン王妃、メリー・ロビンソン元アイルランド大統領、ミッシェル・ロカール元フランス首相が名を連ねており、 外相・国防相クラスの出席は多数であった。

 運動推進の計画・実行のために「グローバル・ゼロ委員会」が構成されており、ブッシュ(父)政権時代にソ連との戦略核削減交渉を担当したバート大使がその代表格で、若手の学者、運動家がIT技術を駆使して運動を盛り上げている。メディアとの関係も重視しているようだ。

 今次会議には補助スタッフを含めると200人近い人が動員され、その旅費、滞在費(インターコンチネンタル・ホテル)はすべてグローバル・ゼロが負担した。経費の総額は億(円)の代に上るが、カナダのサイモンズ財団などの寄付で賄ったそうだ。

 このような巨費を投じてハイレベルの会議を行うからには実質が伴わなければならない。 今次会議では「グローバル・ゼロ行動計画」が発表され、2030年までに核兵器を全廃することを目指すこととなり、この目標達成のために4つの段階が設定 され、各段階での実現目標も定められた。漸進的に目標達成に進んでいくわけであるが、非常に意欲的な目標設定と評価してよいであろう。この運動が立ち上げ られたのは、オバマ米大統領が軍縮に積極的な姿勢を打ち出したことに呼応したからであろうが、本年春には5年ぶりに核兵器不拡散条約(NPT)の検討会議 が開催される。これに対するインプットとしても時宜にかなっている。

 まずは順調に滑り出したグローバル・ゼロ運動であるが、核兵器の廃絶を目標に活動して いる運動は他にもある。また、今次会議において発表された意見も一様でない。重要なことは種々の相違はあっても皆が共通の目標に向かって努力を重ねていく ことであり、また、運動の過程でいろいろな困難に遭遇するであろうが、運動を継続することである。福田元首相はこの2点を会議で強調した。まったくその通 りである。

 心配がないわけではない。運動がハイレベルになるほど、また、大規模になるほど経費も高くなるし、会議の準備も大変である。また、同じことを繰り返すとなるとマンネリ化の恐れも出てくる。

 今次会議のあるセッションでは10人くらいの核廃絶運動に熱心な世界の学生を招いてパ ネル討論が行われた。若い人たちの発言は率直で、熱情あふれるものであり、世界のトップ・リーダーも口々に彼らの意見に共感すると述べ、その行動を称賛・ 支持していた。そして、次のセッションは学生のいない通常のものに戻ったが、そこでは、やはり核の抑止力は必要である、核は廃絶しなければならないが当面 は必要であるといういつもの調子の発言が相次いだ。これを聞いていたロビンソン元アイルランド大統領は、学生のいたセッションでの発言とずいぶん違うでは ないかと鋭く指摘した。出席者は学生のいるときはその場の雰囲気に適当に合わせていたのではないかということであり、この指摘には誰も反論できなかった。 そういう問題はたしかにあるのだろう。

 核廃絶運動にかねてから取り組んできた人の出席は二、三人だけで、この種の会議にして は非常に少なかった。グローバル・ゼロの運動にはその特色があって当然であり、急進的な考えの人たちが参加していなくても問題とすべきではない。しかし、 政治的に影響力の強い人を求めれば、どうしてもロビンソン元大統領の指摘したような状況が出てくるのかもしれない。グローバル・ゼロの運動が世界的な指導者を集め、期待されているだけに心配である。