コラム  外交・安全保障  2009.11.11

ドイツの新政権とイランとの核交渉

 我が国の総選挙から約1か月後の9月27日、ドイツでも総選挙が行われ、メルケル首相が率いるキ リスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は連邦議会の議席数は微増であったが第1党の座を維持した。選挙前CDU・CSU とその差わずか1議席と勢力が拮抗していた社会民主党(SPD)は惨敗し、戦後最低のレベルにまで落ち込む一方、第3党であった自由民主党(FDP)は 1.5倍増と躍進した。この結果、これまでのCDU・CSU(保守)とSPD(中道左派)の大連立は解消され、CDU・CSUとFDPによる中道右派政権 が誕生した。10年ぶりの中道右派政権という大きな出来事であったが、わが国では新政権が誕生した直後でその動向が連日新聞紙面に大きく取り上げられてい たこともあり、ドイツ総選挙への注目度は低かった。

 そもそもドイツに対する日本の関心は高くない。米国やアジアと違って、欧州は遠いし、 政治的、経済的、文化的に関係が薄く(これはほんとうかどうかよく考えてみる必要があるが)、全般的に分かりにくいという印象がある。戦前のことだが、 「欧州の情勢は複雑怪奇なり」と言って(嘆いて)総辞職した総理大臣がいた。日本はドイツと防共協定を結ぶ一方、ソ連とノモンハンで戦っていた最中であっ たが、両国が突然不可侵協定を結んだので、ドイツと結びソ連と対抗するという日本政府の方針が矛盾をきたす恐れが出てきたからであった。

 しかし、明治維新前夜以来日本にとってドイツは重要な国であり、いろいろなことを学ん できたし、今でも日本人はドイツ人の能力に一目も二目も置いているであろう。ただ、残念なのは知識が断片的なことであり、日本人としては重要な国であるド イツも、また欧州も全体として正しく理解するように努めなければならない。このことを自分自身に言い聞かせながら、ドイツ新政権の原子力政策にあらためて 注目してみたい。

 ドイツは1970年代前半に起こった石油危機以来原子力発電を熱心に進め、19基の原 子力発電所を作った。現在も17基が稼働中で、その発電はドイツの電力需要の約4分の1をまかなっている。ところが1986年のチェルノブイリ原発の大事 故から原子力発電反対の勢力が強くなり、1998年に保守政権が倒れて社会民主党と緑の党の連立政権が成立すると原子力発電廃止の方針が打ち出され、法律 (原子力エネルギー法)も改正された。

 しかし、ドイツも地球温暖化ガス規制と高騰するエネルギー価格に四苦八苦しており、原 子力発電廃止の方針を見直そうとする考えが最近強くなっていた。そして今回の選挙において社会民主党が大敗したので、脱原発の見直しを主張してきた CDU・CSUやFDPによる新連立政権は原子力政策を再度変更するであろうと見られている。

 ここまではドイツ国内の問題であるが、対外面ではドイツは新政権になる前から積極的で ありイランの核開発に関する交渉をP5とともに行っている。このことは日本として注目しておかなければならない問題である。第一に、イランの核開発は国際 社会の懸念材料であり、NPT上も、また、国連安保理においても特別な地位にあるP5がイランと交渉するのは自然なことであるが、ドイツは日本と同様その ような立場にない。

 ドイツが交渉に参加しているのは当初からイランと交渉してきたEU3国の一員であった からであるが、そもそもEU3国にドイツが入っていたのは1970年代からドイツが原子力の平和利用を熱心にすすめる一環でイランにも協力し、原子炉の建 設契約を締結するところまで進んだことがあったという経緯にかんがみてのことであったと推測される。ドイツの原子炉はすべてジーメンス社製であり、イラン に供給されることになっていた原子炉も同社製であり、イランの核開発にドイツはもともと深いかかわりがあったのである。

 しかし、これはあくまで過去の経緯であり、イランとの交渉にドイツが参加するのが当然 になるわけではない。実際、EU内部にもイタリアのようにイランとの交渉をP5プラスドイツで行っていることに批判的な見方があり、先般の伊ラクイラ・サ ミットにおいてもこの問題がちょっとした議論となったようである。これが第二の問題である。

 イタリアはドイツよりも先に原子力発電をやめ、またそれを復活するのもドイツより先であった。しかも、イタリアはヨーロッパ最大のイラン石油の輸入国であり、イランが言う石油資源が枯渇する場合に備え核開発を進めていることに強い関心を抱くのは当然であろう。

 第三に、EUプラスドイツがイランとの交渉を行っていることが安保理の常任理事国拡大 問題と関係があるか。この問題に深入りする紙面的余裕はないが、常任理事国となる条件として持ち出されることの一つが、たんに自国の利益を守るだけでなく 国際問題に責任を果たせるかどうかであり、イランとの交渉はドイツがその資格を備えていることをアピールする格好の機会になるのではないか。常任理事国に なることについては日本もイタリアもドイツと同様強い関心を抱いており、この点でもドイツの動向に目が離せない。