メディア掲載  グローバルエコノミー  2009.11.11

「農家への戸別所得補償政策」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2009年11月3日放送原稿)
民主党がマニュフェストで掲げた農家への戸別所得補償政策の輪郭がだんだん明らかになってきているようです。まずは、農家への戸別所得補償政策とは、どのようなものなのか、世界の農政の流れも踏まえて、話してください。
 従来、政府は、農産物の価格を高くすることによって、農家の所得を補償しようとしてきました。その典型がコメです。1960年代、農家所得と勤労者家計の所得差が拡大してきたために、政府は米価を大きく上げました。
しかし、このように、価格で農家の所得を維持することについては、大きな副作用があります。それは、市場で決まる価格よりも価格を高くするので、需要、消費は減少します。その一方で、生産は刺激されるので、供給は増えます。その結果、過剰が生じます。日本のコメの場合には、1970年から40年も減反政策によって、コメの生産を縮小してきています。
EUも、80年代までは、同じように価格で農家の所得を守ろうとしました。そのため、過剰が生じました。日本との違いは、日本は減反、つまり減産したのに対して、EUは作れるだけ作らせて、国際市場に補助金をつけて、ダンピング輸出をしました。国際価格は大きく下がってしまったので、輸出国アメリカの農家経営は打撃を受けました。このEUの輸出補助金を削減しようとして、起こしたのが、1986年からのガットウルグァイ・ラウンド交渉といって過言ではありません。EUはどうしたかというと、過剰が生じるのは、価格が高いためだ、価格を下げればよいと判断したのです。しかし、価格を下げると農家の所得は下がります。それで、価格を引き下げた分に、農地面積当たりの収穫量をかけて、農地面積当たりいくらという、政府からの直接所得補償に切り替えたのです。つまり、直接所得補償とは、価格ではなく、政府からの補助金によって農家所得を支持しようとするものです。

今、政府が推進しようとする農家への戸別所得補償政策とEUの直接所得補償とは同じものなのでしょうか。
 農家への直接的な補助という点では、日本もEUも同じです。しかし、根本的な違いがあります。政府が導入しようとする農家への戸別所得補償政策は、減反の維持が前提です。減反に参加した農家にだけ、戸別所得補償が支払われるのです。従来、自民党政権では、減反をした面積に補助金が交付されてきました。今回はこれに加えて、減反に参加した農家に、さらに、戸別所得補償が支払われるのですから、減反をすれば、以前以上に所得が増えます。減反は経済的にはますます強化されるといってよいと思います。つまり、日本の戸別所得補償政策は、価格支持政策を維持したままにして、財政支出を加えるものです。
これが、価格支持政策から直接所得補償に切り替えたEUと根本的に違います。価格を下げないのですから、消費者負担は変わりません。それに納税者負担が加わるのですから、国民の負担はますます高くなってしまいます。
日本農業にとっても、将来に大きな問題を残します。国内の消費が人口減少によって、減っていく中では、農業の規模を維持し、食料安全保障に必要な農地資源を維持しようとすると、価格を下げて、輸出を考えていかなければなりません。減反の維持は、その可能性を摘み取ってしまうのです。

具体的な制度は、どのようなものになるのでしょうか。
 生産費と農家販売価格の差を補償するといっています。農協等が卸売業者に販売する価格は、60キログラムあたり、1俵あたり、15,000円、これから農協等の手数料がひかれるので、農家の販売価格は12,000円から13,000円になります。農家のコメの生産費は16,412円です。農家の販売価格が生産費を大きく下回っているのなら、本来生産を続けられないはずです。それは、この生産費が架空の計算上のものだからです。肥料や農薬、農業機械、地代など本当の経費は9,400円です。それに、農村での建設業や製造業などの労賃を実際にかかった労働時間にかけて、労働費を農水省が計算して、足し挙げるのです。これが5,000円程度もあります。このように、労働費とは架空の数字ですから、政府もその8割しか生産費としてみないとしていますので、戸別所得補償の基準となる生産費は15,500円程度となります。農家の販売価格との差、2,500円から3,500円が戸別所得補償の単価となります。

問題点は何でしょうか。
 農家にとっての価格支持が、12,000円程度から15,500円程度と大きく引き上げられますことです。これは農家にとっては一時的に良いのかもしれませんが、生産を刺激します。そうなると、ますます減反を強化しなければならなくなります。農地はますます減少します。日本の食料安全保障は危ういものになってしまうのです。
 また、減反に参加する零細な農家の保護水準を高めてしまうので、非効率で零細な農家が滞留してしまいます。農家らしい農家である主業農家の規模拡大は進まないので、コストダウン、所得向上も困難になってしまいます。

改善策は何でしょうか?
 減反を廃止することです。EUのように価格支持を止めて直接所得補償に切り替えるのです。また、フランス農政のように、対象を主業農家に限定すれば、零細な農家から主業農家に農地が集積して、主業農家の規模は拡大し、輸出ができるような国際競争力がつくでしょう。