メディア掲載  グローバルエコノミー  2009.09.18

「民主党の農業政策」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2009年9月8日放送)
1. 今回の総選挙で民主党が地滑り的勝利を勝ち取りました。その一つの要因に農業政策があるといわれていますが、民主党の食料・農業政策について簡単に説明してください。
農業関係でもっとも重要なものは農家への「戸別所得補償」政策です。「戸別所得補償」とは農家に対する財政からの直接支払いのことです。これは、農家ごとに「生産目標数量」を定め、この目標を達成した農家に生産費と市場価格の差に相当する支払いを行うというものです。
この場合、「生産目標数量」の意味はコメとそれ以外の農産物で違います。コメの場合「生産目標数量」とは、10トン作れる農家が自給率向上のために15トン作ったら支払うというものではありません。10トン作れる農家が減反をして6トン作ると支払うというものです。
この政策だと減反に参加しない農家が出てきますから、今よりもコメの生産が増えて米価がある程度は下がるというメリットがあります。他方で、大きな問題は、「戸別所得補償」政策の対象となる減反参加農家の大半が、コメの生産拡大意欲を持たない、零細な兼業農家になる可能性が高いことです。零細な兼業農家に米価が下がっても財政からの補填で現在の米価水準を保証してしまえば、彼らは農業を続けてしまいます。これでは、農業で生計を立てようとする主業農家に農地は集まりません。日本農業の規模は拡大しないし、コストも下がりません。米価の低下も国際競争力の低下も限定的です。
WTOやFTA交渉にも対応できません。FTAとは関税をゼロにするという自由貿易協定です。マニュフェストに書かれた日米FTAの「締結」について、農協から農業を滅ぼすと抗議されたので、民主党は「交渉を促進する。その際、国内農業・農村の振興を損なうことは行わない」と表現を変えました。しかし、戸別所得補償政策によって「関税ゼロでも食料自給率100%」と唱えてきた小沢一郎代表代行は、このような修正を公然と批判しました。小沢氏からすれば韓国がアメリカやEUとFTAを締結しているのに、それができない日本は普通の国ではないという認識なのだと思います。

2. コメ以外の農産物についてはどうでしょうか?

民主党は、主要穀物などでは完全自給を目指すとしています。しかし、これらは1割しか国内生産はなく、9割を海外に依存しています。完全自給はきわめて高い目標です。麦や大豆についての戸別所得補償政策は「生産目標数量」を定め、生産を増やした農家に支払おうというものです。しかし、この自給率向上目標と戸別所得補償政策を整合的に理解しようとすると、農家に10倍近い生産目標を義務づけ、それを達成しない場合には戸別所得補償を交付しないことになってしまいます。また、コメについては長く減反政策をしていたので農家ごとの生産目標数量の配分は容易ですが、他の農産物については、誰がどのように設定し配分するのか、簡単ではありません。また、目標を達成したかどうかという行政の確認作業も膨大なものとなってしまいます。
さらに、麦については讃岐うどんですら原料はオーストラリアの麦です。品質面で輸入麦に劣る麦を生産しても製粉企業に引き取ってもらえず、在庫だけが積みあがることにもなりかねません。この処理にまた財政負担がかかります。

3. 食品の安全についてはどうでしょうか?
食品のトレーサビリティを確立するとしています。これは、どの生産者が作った農産物がどの流通業者や加工業者の手を経てどこで売られているかという食品の履歴や所在についての情報を、把握するために、取引の記録を残しておこうというものです。
トレーサビリティがなされていれば、問題が発生したときに原因を速やかに特定できますし、問題の商品だけを迅速に回収することができます。一見消費者にとって良さそうですが、トレーサビリティの問題はコストがかかるということです。帳簿だけの記録だけではすみません。流通段階でいろいろな産地の農産物が混じらないよう、倉庫、コンテナ、トラックなどの各段階で区分けをはっきりさせなければなりません。しかも、農協などの集荷業者を通じて農家が販売するのであればロットがまとまりますが、個々の農家が直接流通業者に販売するときまで、流通業者は取引記録や農産物の分別をすべて管理しなければなりません。これに膨大なコストがかかるのです。このコストは消費者に転嫁されるおそれがあります。また、コストが転嫁できないと考える流通業者は、ロットがまとまる農協を通じて販売するよう農家に要求することにもなりかねません。
総じていうと、民主党のマニュフェストは農家の票、消費者の票を意識したため、整合性に欠けるところがあると評価できると思います。ただし、国民はマニュフェストを見て民主党に投票したというよりは、自民党政治にノーと言ったのだと思います。このような国民の期待に民主党がどのように対応していくのか、これからの食料・農業政策を注視していく必要があります。