メディア掲載  財政・社会保障制度  2009.09.15

第一回「自己言及的な循環としてのバブル」

「ゲーデルの貨幣」-自由と文明の未来- 危機編 『週刊金融財政事情』 2009年8月3日号に掲載
貨幣の公共性と金融危機
 この連載の前篇(自由篇)を書き始めたのは08年4月だったが、その半年後に世界経済の景色が一変する危機が発生した。9月にリーマン・ブラザーズが破綻してから、自由でグローバルな市場の理念は地に堕ち、各国の経済は、金融システムだけではなく産業、雇用に至るまで、国家介入の度合いを強めつつある。
 昨年10月で終了した前篇は、ひとことでいえば、国家管理の計画経済に対して、自由な市場経済の優位性を論じたものだった。世界中が経済への国家介入を強めようとするまさにそのタイミングで、市場の優位を縷々論じるというのは、一見して、なんとも間の抜けたことのように思える。実際、本篇の連載開始にあたって、編集部からも今後の展開についてご心配をいただいた。確かに、経済情勢は激変を続けており、われわれの議論もどのような方向に落ち着くのか正直、手探り状態である。したがって、本篇は、考えながら書き、書きながら考えるという傾向が前篇以上に強まることになるだろう。
 しかし一方、今回の危機で明らかになった市場経済システムの問題点とは、この連載の開始当初から第2部にあたる本篇で扱うつもりだったテーマそのものなのである。市場経済システムは、外部からの支えを必要としない自己完結した運動体のようにみえながら、実際はある公共的な存在によって支えられている。その公共的存在が動揺し破綻すると市場経済の働きはいとも簡単に崩壊する、ということを今回の危機は劇的な形で示したのである。市場システムを支える公共的な存在とは、「貨幣」である。貨幣とは、財貨やサービスの交換の媒介物(媒体)の総称であり、現代の市場経済を存立させる基盤であるといえる。交換の媒体として機能するものは、現金だけではなく、銀行預金やMMFなど決済機能を有する資産が広く該当する(制度上は決済機能をもっていなくても、事実上、それをもっている資産も貨幣といいうる)。今回の危機で動揺したのは、金融機関などが創造する「信用)貨幣」、あるいは信用貨幣の創造を可能にする(金融機関への)「信頼」そのものである。
 したがって、本篇では、信用貨幣と信頼、貨幣の公共性が中心テーマとなる。
ここでは、今回の金融危機について、次のようなやや特異なビジョンを展開したいと考えている。バブルとは、不動産やリスクの高い証券化商品などの「資産」が、いつのまにか「貨幣」の役割を果たすようになることである、というビジョンである。私的主体が発行した資産が、意図せざる結果として、貨幣という公共財の役割を担うようになる。たとえば家賃収入としてキャッシュフロー(貨幣)を生み出す手段だったはずの不動産が、それ自身、貨幣(交換媒体)としての役割を担うようになる、ということである。大胆にいえば、バブルとは、「貨幣」という存在を巡るゲーデル的な自己言及の循環である、ということもできるかもしれない。資産価格の下落が始まると、それまで貨幣化していた資産のリスクが顕在化し、市場参加者はそれらの資産に対する信頼を失う。その結果、それらの資産は貨幣としての役割が担えなくなり、いわば、「貨幣の消失」が起こる。貨幣の消失によって実物経済の活動が急速に阻害され、生産や雇用が急速に悪化する。
 貨幣の公共性をどのように扱うべきか、という課題は、危機解決のための政策を巡る考え方を整理するうえでも重要である。とくに、金融部門の不良資産処理は、経済回復のために必要なのかどうか。この点についての議論は、欧米でもかつての日本と同じような混迷があるように思われる。われわれが論じたいのはこうした問題である。

世界経済の停滞は長びく
 本題に入る前に、金融危機の今後の展開を簡潔に考察しておきたい。
 09年の夏にかけて、世界経済も日本経済も若干の回復を示しているが、その回復は一時的なものに終わるだろう。住宅価格の下落は止まっていないし、商業用不動産の価格も昨年初めから大きく下落し続けているからだ。また、アメリカは抜本的な不良資産処理の政策に踏み込めない状況にある。ストレステストでの資産査定は厳しい基準だったといわれるが、2年を超える長期のロスやパニックによる投売りなどの影響を十分に考慮に入れた査定とはいえないと思われる。投売りを起こさせないためには、金融機関のバランスシートを「投売りが起こっても十分なほど分厚い資本がある」という状態にしておかなければならない。そのためには、相当額の公的資金の追加枠の準備が必要だったと思われる。しかし、国民の金融機関に対する猛反発のため、米政府は追加的な公的資金を準備することができない。これは、住専処理の後の90年代後半の日本の状況と酷似している。この先、住宅価格のさらなる下落などを契機に金融市場の危機が再燃する可能性は高いだろう。米金融機関の不良資産処理にはこれからまだ相当の年月がかかると想定しておくべきだ。
 さらに、アメリカのこれまでの過剰消費体質(資産バブルを背景に、家計が借入れを増やして消費を行う体質)は今回の金融危機を機に大きく是正されるだろう。米国民が収入に見合った消費をするようになれば、アメリカの内需が構造的に縮小し、それはこれから将来にわたって回復しない。日本の08年度の貿易黒字は前年比で半減したが、今後、それが元の水準に戻ることは考えにくい。
 世界経済が持続的な成長を取り戻すとすれば、それはアメリカ以外の国や地域――おもに中国やインドなどのアジア新興国、それに日本やドイツなど貿易黒字国――が内需主導の成長を達成して、世界経済を牽引するようになってからだろう。そうなるためには、日本でも中国でも、経済構造の大きな変化が求められ、これもまた長い年月を要する。
 不況がこれから常態化していく世界経済のなかで、われわれは市場経済システムの本質を見極める必要に迫られている。