メディア掲載  グローバルエコノミー  2009.09.07

「総選挙と農業政策」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2009年8月28日放送)
1. 今回の総選挙では、農業政策に焦点が当たっているように思いますが、その背景について説明してください。
一つには昨年の穀物価格の高騰によって、国民・消費者が食料・農業政策に関心を持つようになったことが挙げられます。もう一つは2年前の参議院選挙です。このとき民主党は「戸別所得補償」を掲げ、農村部で大勝しました。今回も民主党は「戸別所得補償」で農民票の獲得を狙っています。しかし、農民票は自民党の票田だったわけです。再び激しい選挙戦が予想されます。

2. 「戸別所得補償」政策について説明してください。
「戸別所得補償」は農家に対する直接支払いのことです。
民主党が国会に提出した法案では、農家ごとに「生産目標数量」を定め、この目標を達成した農家に生産費と米価の差に相当する直接所得補償を行うとしています。コメの場合「生産目標数量」とは、10トン作れる農家が自給率向上のために15トン作ったら補償するというものではありません。10トン作れる農家が減反をして6トン作ると補償するというものです。
石破農水大臣の下で減反の見直しが検討される中で、減反選択制という案が報道されました。コメの減反に参加するかどうかは個々の農家の判断に任せ、参加する農家のみに米価の低下分を補助金で補填するという案です。これは自民党に反対されました。実は、この減反選択制は民主党の戸別所得補償法案と同じなのです。
この政策だと減反に参加しない農家が出てきますから、今よりもコメの生産が増えて米価が下がるというメリットがあります。他方で、問題としては、減反参加農家の大半が、コメの生産拡大意欲を持たない、零細な兼業農家になる可能性が高いことです。零細な兼業農家に米価が下がっても財政からの補填で現在の米価水準を保証してしまえば、彼らは農業を続けてしまいます。これでは、農業で生計を立てようとする主業農家に農地は集まりません。日本農業の規模は拡大しないし、コストも下がりません。米価の低下も国際競争力の低下も限定的です。WTOやFTA交渉にも対応できません。

3. 自民党はどうでしょうか?
米粉用、飼料用のコメ生産を行う「水田フル活用政策」で対抗しています。こちらは減反政策の継続です。主食用に向けられる米価は下がりません。これまで減反した水田には麦や大豆などの転作を認めてきました。しかし、兼業農家にはコメ以外の作物を作る技術はありません。したがって、転作作物の一つとして安い米粉用、飼料用のコメ生産を行わせようというものです。コメの価格は、60キログラムあたり、国内の主食用15千円、輸出向け10千円、米粉用、飼料用4千円と想定されます。米粉用、飼料用にコメを生産させようとすれば、農家に国内の主食用との価格差11千円を払わなければなりません。しかし、輸出向けに生産させようとすれば5千円ですみます。同じ予算額を用意していれば、輸出向けに生産させたほうが倍以上の水田を維持できるのです。それができないのは、輸出向けのコメだけに支払うと、WTO上日本には禁止されている輸出補助金に該当するからです。

4. 食料自給率についてはどうでしょうか?
自民党は、食料自給率50%を目指すとしています。これまで自民党農政は、2000年から食料自給率を40%から45%に引き上げるという目標を掲げてきましたが、10年経った2009年になっても、食料自給率は40%のままです。具体的にどのような政策で50%にしようとしているのかはっきりしません。
民主党は、主要穀物などでは完全自給を目指すとしています。麦や大豆については生産を増やした農家に戸別所得補償をしようというものです。しかし、これらは9割を海外に依存しています。完全自給はきわめて高い目標です。麦については讃岐うどんですら原料はオーストラリアの麦です。品質面で輸入麦に劣る麦を生産しても製粉企業に引き取ってもらえず、在庫だけが積みあがることにもなりかねません。この処理にまた財政負担がかかります。

5. 望ましい選択肢は何でしょうか?
真剣に食料自給率を向上させようとするのであれば、減反政策を廃止して、価格を1万5千円から9.千5百円に下げることです。価格低下分を主業農家に補填しても現在の減反補助金2000億円と同額ですみます。こうすれば、輸出も可能になります。主業農家への補填は輸出に際して交付されるものではないので、輸出補助金に該当しません。というより、このような政策はアメリカやEUがやってきたものです。食料自給率とは国内生産を国内消費で割ったものだから、輸出も含めて国内生産が増加すれば、食料自給率は向上します。平時にはコメを輸出して、アメリカやオーストラリアから小麦や牛肉を輸入するのですが、いったん食料危機が生じたときには、輸出していたコメを国内に向けて飢えをしのぐのです。これがどの国も行っている食料安全保障です。この選択肢が2大政党からは提示されていません。兼業農家には目が向いていても、国民・消費者のための政策が提示されていないという感じがします。