コラム  外交・安全保障  2009.08.03

「PAC道場」活動報告(3)

2009年7月24日産経新聞オピニオン「宮家邦彦のWorld Watch」"政策シミュレーションの効用"に掲載

 7月4、5日、都内某所で、国際危機管理の大規模な政策シミュレーションを実施した。主催はキヤノングローバル戦略研究所、不肖筆者がゲームコントローラー(監督者)を務める幸運に恵まれた。

 総勢50人を超える参加者は各界の一流専門家ばかりだった。日米中露など10チームに分かれ、「南アジア某国から流出した核兵器」をめぐって権謀術数の限りを尽くしてくれた。

 演習の第一目的は、同研究所が公募した11人の政治任用官候補の実地訓練であるが、政策立案の訓練の場としても、かなり有効だったと思う。たかがゲーム、されどゲーム。今回は欧米で広く普及している政策シミュレーションについてお話ししよう。

 模擬演習のルーツは18世紀プロシア軍が行った「ウォーゲーム」だそうだ。実際の戦争前に、バーチャルリアリティーの中で戦略と戦術のリハーサルを行う。この効用に着目した米軍は太平洋戦争前に何度も日米戦争のウォーゲームを実施したという。

 政策演習とはいえ、非現実的シナリオではゲームにならない。幸い、米国チームの「大統領」と「国防長官」は米国政府関係者だった。中国チームのトップも著名な中国人ジャーナリストが演じてくれた。さらに、各国の「役人」役は日本人の現役官僚にお願いした。

 案の定、結果は実にリアルなものとなった。「米国政府」では「閣僚」同士の激論の末、最後は「大統領」の個人的信念により強硬策は断念された。また、中国チームが展開した老獪な外交もナイーブな日本人の発想をはるかに超えていた。

 これに比べると、日本チームはいかにも「日本的」だった。「主要国」が効果的措置を次々と打ち出す中、「日本政府」では「法的整合性」ばかりに多くの時間が費やされ、本格的な戦略議論はなかったようだ。

 戦術論ばかりでは、日本の重要性は低下する。「米中露」はもちろんのこと、その他の国々にとっても「日本政府」との協議は常に後回しだった。これら「各国」のプレーヤーのほとんどが日本人だったにもかかわらず、である。

 シミュレーション中、「日本の決断は遅く、しかも中身がない」という声を何度も聞いた。「日本政府」のメンバーはいずれも気鋭の有識者ばかり。どの「閣僚」も「政務秘書官」も「政治主導の政策決定をやるぞ」と心に決めてゲームに参加してくれたはずだ。

 しかし、国内の「法的・制度的制約」は予想以上に大きかった。「こんなはずではなかった」と歯軋りしたプレーヤーも多かったと思う。中には次回ゲームでのリベンジを誓った「閣僚」もいたようだ。これが日本の政策決定過程の実態ならば、政治サイドには政策決定の「硬直性」を打破する知恵がもっと必要だと感じた。

 政策シミュレーションは未来を予測するツールではない。だが、将来の失敗をリスクフリーで経験し、同じ失敗を回避できるというメリットはある。

 1930年代に日米戦争ゲームを繰り返した米軍にとって、太平洋戦争中の日本軍の戦術はほとんど想定内だったという。唯一想定外だったのは神風特攻隊の自爆攻撃だそうだ。日本は戦争こそ放棄しているが、平和的な意思決定プロセスについて、これを磨き上げることの大切さを否定する理由はない。やはり、政策シミュレーションは一度試してみる価値がありそうだ。