コラム  外交・安全保障  2009.07.01

「PAC道場」活動報告(2)

 7月4-5日に予定されているPAC道場の第一回政策シミュレーションの準備は順調に進んでいます。演習で使うシナリオは既に完成し、参加する50人のプレイヤーもほぼ確定しました。名前は出せませんが、いずれも各分野の第一人者や気鋭の専門家ばかりです。実にありがたいことです。

 それでは政治任用官を養成するため、PAC道場はなぜ講義ではなく、シミュレーション(ウォーゲーム)を実施するのでしょうか。これが今回のコラムのテーマです。少し長くなりますが、私たちがあえてゲームにこだわる理由をご説明したいと思います。

 シミュレーションと呼ぶか、ウォーゲームと呼ぶかはともかく、この種の近代軍による「知的演習」のルーツは19世紀のドイツ・プロシア軍にまで遡るといわれます。将来の戦争に勝つため、予め現実と同じ状況を想定し、敵味方に分かれて実戦のリハーサルを行うことが極めて有効と判断されたのでしょう。

 その後、このアイディアは欧州各国にも拡がり、やがて大西洋を渡って米軍も採用するようになります。兵士を危険に晒すことなく、様々な戦術を事前にテストできるこの手法は、今日欧米諸国では、軍事だけでなく、外交政策、危機管理から企業マネージメントにまで広く応用されるようになりました。

 7月4-5日に予定される政策シミュレーションも、こうした試みの一環です。但し、私たちの主目的はあくまでPAC(政治任用官候補)の養成です。当日はパキスタンの非常事態がテーマとなるのですが、私は「そこで如何なる政策が有効であったか」はあまり重要だとは思いません。

 より重要なことは、PACたちが現実の政策決定や外交交渉に限りなく近い状況の中で、政治と行政の接点に立ち、政策の企画立案に必要な基本技術を学ぶこと、更には、PACたちがそこでの失敗を自らの原経験として体に焼付け、将来の思考行動パターン確立の一助にすることです。

 従来この国の政策決定過程は与党政治家と関係省庁の幹部職員にほぼ独占されてきました。民間の部外者がこの政策決定過程に入ることは殆どなく、その経験も、ノウハウも、部外者と共有されることはありませんでした。

 しかし、政策決定過程といっても、何か特別の人たちが、特別の能力で、特別のプロダクトを作っているわけではありません。私個人の30年間の経験からも、官僚組織の内と外で、知的能力に大きな差があるとは到底思えません。

 唯一差があるとすれば、それは経験の有無なのですが、その経験に裏打ちされた能力といっても、10年20年と続けなければ得られないものでは決してありません。ある程度以上のレベルの人なら、何回か経験すれば十分習得可能な程度の能力だと信じています。

 実は、現役の役人でもそのレベルに達していない人はたくさんいます。この点は、私ですら27年間役人をやれたのですから、間違いありません。PACたちには、まず部外者が感じる、この種の精神的負い目を何とか払拭してもらいたいものです。

 PACたちには演習の中で小賢しく立ち回ってもらいたくありません。どうせリスク・フリーなのですから、慎重に考えた後に、大胆に行動して、どんどん失敗を重ねていってほしいと思います。

 私は過去10年間ほど、中央大学と立命館大学でこの種のゲームを主体とする授業を受け持ってきました。学生たちには常に「このゲームは上手にやろうとするな。失敗すれば、失敗するほど学べるのがこのゲームの特徴なのだから。」と説いています。PACたちにも全く同じアドバイスを送りたいと思います。