コラム  外交・安全保障  2009.06.01

オバマ政権とNGO

 オバマ大統領が就任してから百日が経過したところで、新政権の船出が満足できるものであったかマ スコミでさかんに評価された。全般的にはまずまずであったというようなものが多かったようである。未曽有の金融経済危機の真っただ中で出発するなど新政権 にとって環境は初めから非常に厳しかっただけに、このように積極的な評価を得られたことはオバマ大統領にとってまことに喜ばしいことであり、今後の政権運 営においても力強い支えとなるであろう。先日の記者招待会でのジョークには、米国で、しかも記者を相手でなければなかなか言えないようなきわどい内容のも のがいくつか含まれていたが、全般的にはオバマ大統領の自信がよくうかがわれるものであった。

 しかしながら、よいことばかりではないのはもちろんで ある。そもそも金融経済危機にしても、これで山を越したと思っている人はかなり楽観過度であろう。核軍縮についても積極面と疑問を覚える面が両方ある。オ バマ大統領はプラハでの演説で米新政権の核軍縮に臨む方針を説明し、その中で「核兵器を使用した唯一の核兵器国として行動する道義的責任がある」、「核兵 器のない世界の平和と安全を追求する米国のコミットメントを明確に、かつ、確信を持って表明する」と言明した上、(イ)米国は核兵器のない世界に向けて具 体的な措置を取る、(ロ)冷戦時の思考を終わらせるために国家安全保障戦略における核兵器の役割を縮小する、(ハ)他国も同様の行動を取るよう促す、と述 べた。これまで軍縮は「冬の時代」に入っていると言われていたが、オバマ大統領の発言はついに米国も軍縮にヤル気を持つようになったことを示しており、と くに「核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的責任がある」という発言には長年の胸のつかえを下した人もいたであろう。

 しかしながら、核兵器をこの世界から廃絶することがい かに困難であるか、オバマ大統領としても決して認識していなかったのではなく、「自分が生きているうちに核兵器はなくならないかもしれない」とも言ってい る。核兵器をなくしてしまおうという意気込みはしっかりと見せながら、実際にそれが実現できるかということになると、また違ったことを言わざるをえないの である。単純に計算すると、オバマ大統領は現在48才、かりに米国人(男性)の平均寿命である75才(国連人口基金の2007年発表)まで生きるとすれ ば、27年間は核の廃絶が実現しないということになるが、ここは、そのようなこせこせした計算などせずオバマ大統領の積極的な取り組みに期待したいもので ある。

 オバマ政権に影響を与えうる要因は何であろうか。軍縮 では当然軍の意見が非常に重い比重を占めており、ブッシュ政権のみならず歴代の米政権はその重圧に苦しんで(?)きた。第二次世界大戦の勇者でありのちに 米国の大統領になったアイゼンハワーでさえ軍および軍事産業の影響力の強さを嘆いたことがあったのは有名な故事である。

 一方、世論も米国の政権にとって重要である。一言で世 論といっても、実際にはありとあらゆる種類のものがあるが、最近、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、キッシンジャー元国務長官およびナン元上院軍事 委員会委員長が連名で核兵器の廃絶を呼びかけた。この四名は米国の外交・安全保障面でもっとも著名な学識者であり、しかも、かつては米国の外交・防衛政策 の中心にいた人たちであるだけにこの呼びかけは世界中に強いインパクトを与えたと言われている。

 軍縮においてNGOは非常に強い影響力を持っており、 そのエキスパティーズは大変なものである。役目がらちょっと勉強したくらいの官僚など足元にも及ばない。彼らのデータベースには原爆が初めて実験された 1945年以来の記録が収められている。各国の核兵器保有量に関するもっとも権威の高い資料はNGOが作ったものである。4人の賢人からなる呼びかけは特 定のNGOとして行われたものでないが、軍縮関係の諸NGOにとって力強い後押しとなったであろう。

 オバマ大統領は選挙キャンペーン中、草の根運動を巧みに活用して話題になった。4人の呼びかけは新政権の核軍縮政策と直接結びついているのではないだろうが、市民社会の活動に敏感な同政権への影響力は小さくないものと思われる。