コラム  2018.11.05

分断社会のビーコン

岡本 行夫

 ベルリンの壁が1989年に崩れ、2年後にソ連邦が崩壊して冷戦構造が終わったとき、多くの人々はこれでイデオロギー対立のない世界が来ると考えた。自由、民主主義、人権尊重、貧困国援助、法の支配、環境保全。世界はこうした普遍的価値の実現に向って収斂していくだろうと。僕もそう思った。人間の属性には本質的に「善」に向かう方向性が内在しており、東西対立がなくなれば、人間の本来の良い部分が顕在化していくだろうと。第一次大戦後のウィルソンたちの理想主義者もそう考えた。

 しかし、世界は21世紀になってもいっこうに普遍的な価値の方向に収斂しない。むしろ、独裁者たちが動かす世界が広がり、国内では様々な対立軸が先鋭化している。世界は国ごとに、社会は階層や思想ごとに、グループ化が進みバラバラに拡散し始めた。

 これに拍車をかけているのがIT技術の長足の進歩だ。SNSは社会を無限に小さなグループに分断化しつつある。SNSによって人々は今までとは桁ちがいの多数の人々と交流するようになったが、サイトの運営者のアルゴリズムは、似た者同士をくっつけるようにできている。「いいね」で形成される同一思考の人々のグループと、これに反対する思考の人々のグループは、お互いに「トロール」となって相手を攻撃し合う。細分化された思考グループが作られ、それぞれがリーダーを戴くようになる。

 トランプ大統領は国民全体に語りかけることは止め、自分を強固に支持するグループにだけ強いメッセージを送り、この人達を岩盤のような支持者にしている。思想や政策を説明する言葉は極端に簡略なものになり、260文字のツイートで複雑な政策が説明される。人々の一般的な通信のツールはスマホ画面上のフェイスブックやラインやインスタグラムであり、これを5センチ×10センチくらいの小さな窓から覗いてみても深い内容の表現が可能なはずがない。(現代のテクノロジーに乗り遅れた僕がブツブツと負け惜しみを言っているだけなのだが。)

 僕は学生たちにはスマホを使っての長い文章の起案や分析は無理だと伝えている。しかし、多勢に無勢。僕の威令は全く無視され、学生たちはますますスマホ文化に埋没していく。

 世の中は中央集中型から自律分散型の社会構造に、(今度こそ)なりつつある。クラウドコンピューティングから、端末を分散させてのエッジコンピューティングの時代になり、ブロックチェーンなどの出現、2020年にはITへの接続機器が500億台突破という状況の中で、それぞれ個人個人が情報を処理し行動する分散型に再び向かいつつある。これが僕の理解だ。

 こうして個人の力が増加することが、皮肉なことに、社会の分断化、セグメント化を後押しする結果にもつながっている。個人がすべて自前の放送局をもってバラバラに発信し、社会はひとつの方向へまとまることが難しくなる。

 こんな中でCIGSの使命はいっそう大切になる。分散化の中で社会の行くべき方向を指し示すビーコンとなってほしい。

 期待を込めて。


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