コラム  2023.07.06

希望の烽火

福井 俊彦

今から12年前の東北大震災の直後、外務省OBの故岡本行夫さんから被災地東北の漁業を早急に再興させるため「希望の烽火」と題するprojectを立ち上げるので、私に是非協力して欲しいとの依頼があった。

漁民も漁船もかなりの被害を被ったが、それでも漁獲に出掛ける余力はある。ただ、漁港に備え付けられた冷凍庫が全て津波に押し流されてしまったので、このままでは動きが取れない。よって漁港に冷凍庫を配布するvolunteer活動を至急始めたいというものであった。

岡本さんは「希望の烽火と名乗ったのは、単に早く復旧させるということだけでなく、これを機に将来へ向けて東北の漁業を更に飛躍させるという期待を込めたものだ」と力説しておられた。私はこれを前向きに受け止め、研究所の一隅をこのprojectの事務局に提供しつつ多面的に協力することを約束した。

これとは全く異なる話だが、昨年来の世界的なインフレ傾向が我が国にも波及する中、人々の生活を支えるため賃上げが必要との雰囲気が沸き上がり、今年の春は現に多くの企業であまり抵抗感なく相応の賃上げが進むこととなった。それはそれで良かったとは思うが、仮に今のようなインフレが長引いた場合、単に賃上げを繰り返すだけで済むのか、疑問も残る。

企業においては、単に過去の蓄積を取り崩して賃上げを繰り返すのでなく、事業を一層活性化して新しい付加価値を生み出し、これを世の中に提供して対価を回収し、その全部または一部をこのprocessに貢献した従業員に対する賃上げの原資として振り向ける。

賃上げを受けた働き手はこれを機に仕事に一層前向きに取り組み、出来れば新規にinnovation を起こす程の力を示す。場合によってはこの企業から跳び出して新規の事業をstart upする。

このような好循環に結び着いてこそ「あの時の賃上げは良かった」と振り返ることが出来るのではないか。

我が国経済は、既に長きに亘り停滞を続けている。戦後の高度成長の過程を経て欧米先進諸国へcatch upする目標を達成した後、その先は自ら先端を切り拓きつつ前進する過程に移行すべきところ、その仕組みを容易に身に着けることが出来ず、結果として潜在成長能力の趨勢的な低下を甘受しつつ今日に到っている。

今後は、あらゆる機会を捉えて企業も働く者も力強く前に一歩踏み出す。このようにすれば、我が国経済の先行きに「希望の烽火」が立ち昇るのが見えて来よう。


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