コラム  2023.01.06

裸足のアベベ

福井 俊彦

エチオピアのアベベが1960年ローマ・オリンピックのマラソンに出場して裸足で走って優勝したことは記憶に新しい。次の1964年東京オリンピックの際には、私はアベベを観たくてマラソン・コースとなった甲州街道へ馳せ参じた。のみならず、その後ローマに出張した折、アベベを真似てアッピア街道を裸足で走ってみた。足裏が破けて血まみれとなったが、アベベが如何にして自らの勝利の道を切り拓いたかが分かったので反省していない。

私は戦中戦後にかけて幼年時代を過ごしたが、その頃は「自分の進路は自分で見出しなさい」「難路を避けて通ってはいけません」、これが子供達に対する躾の基本であった。

戦後復興期を経て高度成長期に入ってからは、「評判の良い幼稚園に行きなさい」「進学課程の優れた小・中・高校へ入りなさい」「有名大学へ進みなさい」「安定した大企業へ就職しなさい」と、親の教育方針は大きく変わった。「欧米先進諸国に早く追い着け」が国を挙げての基本路線となったこの頃に相応しい教育方針であったとも言えよう。このcatch up作戦は見事に功を奏し、Ezra Vogel “Japan as Number One”を著す迄に到った。

しかし、それで全ての問題が解決された訳ではなかった。catch upは遂げたものの如何にして先頭を走るか、如何にして道なき道を切り拓くか、この追加的な難問を解く術を知らぬまま今日に到るまで我が国経済は長期停滞を余儀なくされ続けている。それでは我が国のみがこのまま取り残されて良いのか。そうであってはなるまい。

今や、我が国のみならず世界全体が大きな転換局面を迎えていることはご承知の通りである。第二次世界大戦後構築された世界秩序維持の仕組みに経年劣化の兆しが見え始めている。コロナに上乗せしてその影響は、globalizationdigitalizationを軸に順調に成長して来た世界経済にも及び、このところsupply chainの乱れや人々の行動変容などから物価上昇と成長減速が同時進行する現象が生じている。またglobalizationに潜む要素価格均等化定理とdigitalizationに伴うwinner takes allの傾向は各国において所得不均衡の拡大ひいては社会分断の歪を齎すに到っている。

この先、米中対立をも包摂する世界秩序維持の仕組みとinnovationの力を殺ぐことなく分配の公正をも図る世界経済運営の仕組みについて新しいdesignをどう画くか、世界の人々にとって今や喫緊の課題となっている。この点で我が国からも前向きの発信がどんどん出されることが期待されており、その意味で我が国も横一線で責務を負っていることは疑う余地がない。ただ新設計の世界の中でも我が国のみが経済停滞を続けることがないよう追加的な工夫が必要であることは申すまでもない。それは究極のところ、innovationの力を如何にして強化して行くかにより重点を置くということであり、若い人達のmindsetの切り替えとそれを支える社会全体の仕組みの刷新が急務と目される。


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