コラム  2022.07.07

自ら新しい進路を切り拓く

福井 俊彦

ウクライナの様子を見ていると、かつて松山市南部の山間村へ疎開した幼い頃の自分を思い出す。母国の勝利を確信しつつも、何故か背後の四国山脈を越えてほぼ毎日B29が来襲し、今の松山空港(当時の帝国海軍航空基地)を直撃する。子供向けの絵本では敵機が発射する爆弾は真下に落ちるように描かれているが、B29の爆弾は斜め前に降下して見事に目標に命中する。飛行速度のほか風向きや風力まで計算済みらしい。これ以降、数学と物理が私の必須科目となった。その後ある朝突然、警報も出ていないのに目前の瀬戸内海越しに日の出を上回る大きく眩しい光の環、続いてドドーンと腹の底から持ち上げられるような轟音、最後にキノコの形をした薄気味悪い噴煙が沸き上がった。何が何だか分からなかったが、後になってこれが広島を襲った原子爆弾だと知った。

その頃ひもじい思いを癒すため、屡々田圃の畦道で捕らえた蝗を炒って食べていた。こうして平和と経済発展の重要性が暗黙知として私の身に染み込んで来た。

戦後は、米ソ冷戦という不安材料は残されたものの、国連を要に世界秩序維持の体制が整えられ、米国の断トツの総合力と責任意識がこれを支えた。Pax Americanaと呼ばれた所以である。ところが戦後70年余を経て、今やPax Americanaに経年劣化の兆しが窺われる。少し前にAmerica Firstと聞いた途端、米国はその本性であるモンロー主義に立ち帰ったのか、と耳を疑った。

経済の面から振り返ってみると、戦後復興の過程を経て、特に80年代以降globalization の展開、更にはdigital 革命の急発進により、資本主義経済は飛躍的な発展を見せたことは疑いの余地が無い。ただその内面を子細に見ると、globalizationflip sideで要素価格均等化定理が働き、加えてdigital革命の下でwinner takes allの現象が露わとなり、程度の差はあれ、いずれの国においても所得格差拡大・社会分断といった負の側面がかなり明確に浮かび上がって来ている。

前にも一度記した覚えがあるが、ある時フランスの友人から日本人は「安定の離れ小島」(île de stabilité isolée)に住んで幸せそうだね、と羨ましそうに言われたことがある。しかし、多かれ少なかれ日本もここに掲げたような世界的な課題を共有しているし、韓国、中国、ロシア、北朝鮮といった近隣諸国との間ではそれぞれ難しい外交問題も抱え続けている。日米関係重視に変わりはないとしても、これからは「開かれた国民国家」として我が国独自の外交・安全保障戦略をより強固に築くとともに、経済の面でも従来の殻を破り、若者の起業行動を支援しながらinnovation の力を強め、時に世界の道標となるよう高い志を持って前進して行くことが肝要と思われる。


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