コラム  2019.07.01

île de stabilité isolée

福井 俊彦

 かつてフランスで勤務していた折、" île de stabilité isolée " (安定の離れ小島)という言葉をよく耳にした。宗教戦争や民族紛争に明け暮れた欧州の長い歴史の経験から、望ましいコミュニティーの姿を浮き彫りにしたものだ。こうした欧州の人達の夢は、カソリックとプロテスタントとの間の30年戦争終結時に締結されたウエストファリア条約(1648年)の中に凝集した。主な中身は、ある囲いの中にいる人々は宗教や民族が異なっていても仲良く暮らす、外からの攻撃に対し共同して守る、自ら外に向けて攻め込まない、というもので、これは近代の「国民国家」および「国際法」の理念として受け継がれている。

 ただ実際には条約発効後も、今度は「国民国家」相互間の戦争という装いで紛争が絶えない状況が続いたが、二次にわたる世界大戦の惨禍が人々の反省を呼び起こし、国際連盟、更には国際連合という新しい世界平和機構を作り上げる動きへと繋がった。その仕組みの上で、1991年には米ソ冷戦も終了し、「平和の配当」という心地良い響きが伝わって来た。ところが人の世はままならぬもので、大きく息を吸う暇もなく、今や全く新しい姿で歴史の試練が訪れている。その切っ掛けは、経済のグローバル化と情報通信革命の急進展である。国境や地域の壁を乗り越えてヒト、モノ、カネ、そして情報が自由かつ高速度で行き交うようになった。そうなると、大きくなったマーケットを活用して世界の経済はより良く発展し、パレート改善も進む(つまり、人々の満足度も相応に高まる)と考えて可笑しくない訳だし、事実その方向へ動き始めたことも確かだが、今になって振り返って見ると、極く少数の勝利者輩出、所得不均衡拡大、人々の不満累積、社会の不安定化、ポピュリズム蔓延、宗教・民族対立再燃、テロリズム頻発、難民の洪水と、むしろ負の側面が目立つに到っている。この中で、あのアメリカですら世界秩序の要の役割を果たし続けるには負担が重すぎるとして、America First に回帰している。

 ここでどうしても求められるのは、①分配論を新たに織り込んだ経済学の探求、②AI、Robotics などIT 技術の向上だけでなく、人間が新しく何を考え、如何にしてより高い次元の価値創造・幸せに到達するか、その道筋の構築、③世界秩序形成の新しい枠組みの形成。とくに③の世界秩序の新たな構築については、米中の争いの帰趨を待つだけでは済まない。むしろ米中の狭間に立つ国々が先に目覚めて可笑しくない課題である。

 ある時、フランスの友人が " île de stabilité isolée " と口にしつつ私の顔をちらっと見た瞬間、「日本は、海を隔てて外から侵害されにくく、独自の文化、自立した経済を樹立てるのに成功しているね」、と羨ましい気持ちを伝えてきたように思えた。しかしその日本も、いつまでもそこに安住するわけには行かない。グローバルなルール作りをリードする力と気概が求められる。日本は、米中双方に接点を持っているし、米中の狭間にある国々(アジア諸国から欧州・英国まで。人口構成が若くこれからの世界で重要な役割を担いそうなインド、アフリカ諸国を含む)に向けて呼び掛けるべき格好の位置にいる。



>

役員室から「福井 俊彦」その他のコラム

hourglass_empty