コラム  2014.06.05

タイトスクラムからルーススクラムへ

福井 俊彦

 リーマンショック後5年有余の歳月が流れたが、世界経済の先行きには未だに「不透明」の一語が付き纏う。地球上の生存競争が益々厳しくなり、経済主体の新陳代謝が激しく進む中、世界経済がいずれ何らかの「定常状態」へ向けて落ち着くと想定すること自体、非常に難しくなって来ている。

 わが国の苦境は、その遥か前から始まっている。戦後、急速な経済復興と高度成長という大きな「成功物語」を築き上げた訳だが、1990年代以降は新しいシナリオ作りに苦吟し続けている。そして今や、坐して待てば世界の何処からか東風が吹くと期待することすら許されない環境に置かれている。

 戦後の目標はただ一つ、「欧米先進諸国に追い付き、追い越せ」ということで、誰の目にも明らかであった。その実現を目指して、あたかもラグビーのタイトスクラムのように皆が肩をがっちりと組んでひたすら押し進む、これが社会の基本構造となった。政・官・財の鉄の三角形と呼ばれた所以である。一人ひとり腕を磨いて登場するが、闘いには集合体で臨む。そして成果は皆で分かち合う。経済の高成長と所得分配の公平性が同時に実現した。

 ところが1980年代の半ば以降になると、「最早、欧米先進諸国に学ぶもの無し」との声が聞かれるようになった。自信過剰の響きもあったが、これから先は各自がそれぞれに新しい目標を見出し、その達成の為に相応しい体制を構築しながら前進して行かなければならない、との自覚の表明であったと思われる。
 内外の知的人材を集積して以前に比して遥かに創造性に富んだイノベーションに挑戦するとともに、国内のみならず世界の市場へ広く浸透して行けるようオープンなルーススクラムを基本としたビジネスモデルに組み替えなければ新しい勝利の方程式を掴むことが出来なくなってしまった。実際、日本の民間企業はそうした方向に沿って着実に前進していると観察されるが、難を言えばその速度があまりに遅く、旧来の余韻を十分断ち切れずに引き摺っているのが現状である。如何にして民間部門の改革を加速するか、これこそ我々が直面している最大の課題である。

 勿論、他にも重要な課題が数多残っている。その中から二つの宿題を採り上げて見よう。

 一つは、金融機能の向上である。これからは、民間のあらゆる分野で過去とは比較にならない程リスクの高い戦線を突破して行くこととなるので、リスクの態様に即してマネーが組成されタイムリーに供給される仕組みが整っているかどうか、これが勝敗を決する一つの重要な分かれ目となろう。この観点から、伝統的な金融機能に加えて広義の資本市場を通ずる信用仲介機能が飛躍的に前進する必要がある。

 もう一つの宿題は、所得分配の公平性を保証するメカニズムの再構築である。ルーススクラムの時代には、所得格差が予期した以上に拡大する傾向が強く、放置すると社会の連帯にダメージを与えかねない。財政再建の過程で税制や社会保障制度を刷新するにあたっては、取り分けそうした問題意識を強く持って対処することが大切である。



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