2009.07.16

あと1分

福井 俊彦

 去る7月12日、NHKの「日曜討論"どうなる?世界経済・景気回復の道筋は"」において、最後の締めくくりのところで残り時間が1分となり、日本経済の将来へのヴィジョンについて大急ぎで発言いたしました。
この部分、私の気持ちも含めて若干敷衍しますと、次の通りです。

  1. 世界経済も日本経済も、金融・実体経済の両面で急速に調整が進んでおり、一頃に比べ状況は少し好転している。しかし、経済活動の水準は非常に低く、雇用の悪化も続いている。
    先行きについては、総じて低成長が続くと予想されており(IMFの見通し:世界2009年△1.4% 2010年2.5%、日本2009年△6.0% 2010年1.7%)、なお不確実性が高い。
  2. 今回の特徴は、景気底入れ後の経済の展開が読み難いことにある。
    ここはやはり、世界経済の大きな潮流変化を踏まえて基本的な方向性をしっかり確認しながら考えることが大切である。
    即ち、
    • イ.市場経済の軸が徐々に西から東へシフトしつつあることを念頭に置くと、これまでのように専ら米国経済の回復を待ってこれに頼るのでなく、アジア経済の主体的回復に次第にウエイトを移しながら、世界経済の今後の姿を展望して行くべきではないか。
    • ロ.経済発展を支える要素として、資本、労働、innovationに並んで、地球環境が加わって来た。地球上の全ての国、地域が足並みを揃えて経済と地球環境の両立を目指して努力しなければならない時代を迎えた。
    • ハ.グローバル化の下で、金融・経済のintegrationが進み、これに伴いともすれば振幅の大きくなりがちな経済となった。今後こうした経済をより円滑に運営して行く仕組み(金融政策と金融システム安定化政策を常時並立)を確立する必要がある。
  3. こうした折、日本においては、政治の混乱もあり、悲観論に傾きがちな傾向すら認められるが、この際は、先ず何と言っても、グローバル化の下で益々厳しい生存競争の場に曝されつつあるとの認識を、我々一人一人がしっかりと持つことが肝要である。
    そして、「待ち」の姿勢ではなく、forward lookingに将来の「布石」を着々と打って行かなければならない。
  4. 布石というのは、目先の特効薬を追い求めるのとは意味が異なる。
    手っ取り早いことばかり考えるのでなく、我慢強く地道に力を蓄えて行くということである。
    つまり、日本としては、国民の間で将来へのヴィジョン、構図を共有することが大切な段階に来ている。
    その際、最重要と考えられる幾つかの項目を挙げると、
    • イ.人口減少・少子高齢化のdisadvantageを克服しつつ、潜在成長能力を引き上げる長期的プラン(最先端の技術開発促進、知識創造加速、地球環境問題への取り組み強化)を共有する。
    • ロ.アジア諸国との対話を深め、アジア諸国の責任意識を高めながら、全体を纏め上げるsoft powerを磨く。
      (世界経済の運営上、アジアの負担すべき責任が次第に重くなって来ている。地球環境問題についても同様である。今回のラクイラ・サミットにおいては、温室効果ガス削減について先進国はかなり踏み込んだ姿勢を示したが、アジアを含む新興・途上国の動きが今一歩の感を免れず、年末コペンハーゲンで開かれる COP15の会合へ向けて大きな課題を残すこととなった)
    • ハ.世代間の受益と負担の公平性を図りながら、財政を再建し、持続可能な社会保障制度を確立するプログラムを持つ。
    • 二.以上のような事柄をしっかり担って行けるよう、人的資本の蓄積(自分で考え、やり遂げる心意気を持った人材の育成)を急ぐ。
  5. 世界第二位の経済大国の地位は、早晩、規模の面で中国に譲ることとなるが、innovationの優位性など質の面で日本の位置付けが変わるわけではない。決して慌てず、為すべきことを為して行くことが大切である。


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