コラム 2026.02.06
第二期トランプ政権は世界秩序に大混乱を引き起こしながら我が道を進んでいる。そして世界はその対応に振り回されている。巨象の制御は、外からの力よりも内部の安全装置に頼るところが大きくならざるを得ない。その安全装置が、複雑に織りなし、深く社会の隅々まで浸透した“Check&Balance”のしくみである。
これは、ロイヤーの国といわれるアメリカの建国の父たちの基本契約に当たる憲法に組み込まれ、その後の血と知恵の結晶でもある。その内容は、州と連邦政府との関係にはじまり、大統領を中心とする行政府と各州・国民を代表する議会での内部あるいは相互の衝突、両者を合わせた政府と英米法の特徴である司法の規範生成権能とのバランス、そしてそれらの分担関係をダイナミズムと安定性をもたらすように調整する連邦最高裁からなっている。
その仕組みとの最初の出会いはハーバードロースクールへの留学であった。クーリングオフ制度の導入などを、審議会から予算、法案審議までを小人数の組織でやり切った通産省の経験が、話のタネを作ってくれ、友人の輪が広がっていった。そこで見たルールの生成過程は日本と全く違っていた。日本の法案作成過程に当たる緻密な作業が米国では司法過程で行われる。この結果司法には巨大な知識が流れ込んでおり、州法を含め判例は小説や論文のように面白く、「法の経済分析」など最先端の分野がわかりやすく提供されていた。また当時産業政策は興味の的であったが、行政権力への根深い不信感と、複雑な司法制度への絶大な信頼は想像を超えるものがあった。
日米通商交渉に携わった15年間では、全く違った米国を経験した。通商や国際経済政策をめぐる交渉の世界では、利益集団の組織化、多様なシンクタンクや回転ドア人材などの制度基盤が米国を支えていた。そして大統領と議会の緊張関係も真剣勝負である。最終的な多数獲得に向かって党議拘束が緩やかな米国では個別議員の票をめぐってすさまじい駆け引きが行われる。特にレーガン政権では強烈であった。また、日本脅威論の時代、半導体協定や東芝機械事件などインテリジェンスとの戦いもあった。他方、湾岸戦争時の石油国際備蓄の放出の時にはIEA理事会メンバーとしてホワイトハウスの戦争開始の息遣いを感じる近さで政府と軍の関係を知る貴重な経験となった。
その後ケネディからの誘いを受け教鞭をとった時期は、大御所であったバーノン教授の手ほどき、回転ドアの住民たちの刺激を受けながら、建国の歴史、価値観のぶつかりを、ボストンという落ち着いた環境で政治的乱闘の末に表れてくる秩序、原則自由という無重力実験場のような米国、それでも成り立っている世界の面白さを咀嚼する時期となった。
退官後も、このような経験を踏まえて日本にも世界に通用する政策のハブをと、東大公共政策大学院やいくつかのシンクタンクの設立にも参画することとなった。
さて、今年は、その安全装置が正念場を迎える。息苦しさを感じない自然とダイナミックなアメリカ社会に魅せられて50年、そのアメリカが250年の時を経て今一度建国の原点に立ち戻ってほしいと願っている。