コラム  2025.08.06

コーポレートガバナンスと企業経営

林 良造

トランプ政権が発足から半年がたった。国際ルールを大胆に無視した関税政策など最終的にどの程度残るかは別として、そのもたらす不透明性は、各国の実体経済に影響を与え始めている。

日本においても来年度の成長率予測は引き下げられ景気後退懸念が現実化しつつある。他方で目につくのは日本の株式市場のResilienceである。その背景には、バブルの崩壊期やリーマンショック時と比べて企業の収益力、還元力が格段に変わってきたことがある。

バブル崩壊以来、連結決算の確立、会社法の柔軟化、持ち合い株の整理など株式市場の改革、アベノミクス以来積み重ねてきたコーポレートガバナンスコードによる取締役会改革、投資家の積極的関与を促すスチュワードシップコードによる投資家と経営者の対話、経営情報開示の充実など四半世紀にわたる改革の積み重ねが、日立製作所など代表的な大企業にも目を見張る変化をもたらし、株価の上昇、配当の増加など株主還元も着実に増加してきた。その一方で、日本企業に長年にわたって広がり染みついた悪しき組織文化の根深さを再認識させるケースも後を絶たず、この変化が日本経済全体の投資活力、稼ぐ力を底上げする広がりを持っているかには疑問なしとしない。

その中で今年の株主総会の活況は報道の通りである。株主提案の大幅増加、その賛成率の高さ、機関投資家と企業の対話の活発化、投資家同士の意思疎通も明らかに変わってきている。その火付け役はアクティビストといわれる機関投資家である。20年前はハゲタカなど芳しくない評価が多かったが、最近では建設的な対話のけん引役との評価も多い。

昨年から東京大学公共政策大学院と武蔵野大国際総合研究所では日米欧の共同研究としてコーポレートガバナンスの国際比較調査、特に企業と投資家の対話の変化・現状を取り上げている。世界のコーポレートガバナンスの制度と現場の変化は世界的潮流と各国固有の歴史、価値観、政策決定過程が交錯する大変面白いテーマである。

第一歩としての日本の投資家へのインタビュー調査からは、投資家と経営者の対話を促す基盤が形成されつつある様子ととともに、伝統的アクティブ投資家とアクティビストといわれる投資家の境界はあいまいになっていること、広い範囲の投資家がアクティビストの提案を評価し参考にしようとしていること、アクティビストといわれる機関投資家の中も投資の長期性、対話戦略や分析提案にかけるエネルギーによって大きく分かれるようになってきていることも明らかになってきている。この細分化を踏まえ、ドイツではM&A戦略を中心とする投資家に対して、少数株主として経営者との対話と他の投資家との協力で経営に影響を与える投資家をアクティビストと定義している。

米国では30年以上、ドイツでも15年以上の制度改革の中で順を追って成熟してきた投資家と企業経営者の関係が、日本ではアベノミクス以降この数年で一挙に変化したこともあって、海外・国内を問わず様々な種類の投資家が一斉に現れている。

今後も紆余曲折が予想されるが、幸い企業の経営情報の公開制度はわかりやすさ内容の充実度など格段に進化している。また、AI技術はその検索分析コストを格段に押し下げた。今後はこれらを駆使し投資家と経営者の意味のある対話を広げ個々の企業の力を生かすような変革のうねりにつながることが期待される。


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