コラム  2025.02.06

政策の質と政策決定システム

林 良造

30年前にケネディスクールで最初の講義をして以来続けている科目に「経済政策決定過程の比較」がある。おもに日米英の三か国を比較しつつ日本の決定過程の変遷について講義している。

各国が近代国家成立時の歴史的背景の中で作り上げた制度が、設立された組織自身の持つ運動傾向や国民が共有する価値観の中で、グローバル化していく世界の様々な問題に直面し、どのように変化してきたかが主題である

いつか米国の研究者が「米国と異なるシステムの国で停滞している国は山ほどありその研究には興味はわかない」と言っていたが、生徒の反応を見ると、アジアをはじめ幅広い諸国で、日本の制度や変遷に強い関心を持つ留学生は多い。

この三か国は、大統領制と議院内閣制、実質一院制の英国と役割分化のはっきりしない日本の二院制などの議院制度の骨格の違い、英米法と大陸法など司法に対する期待の差、国家成立時における産業経済の発展段階、構成民族の多様性と共有できる公平感の幅、多数決型社会とコンセンサス型社会など多くの点で、制度の骨格・国民の価値観・国家に対する期待感が異なる。

各国とも、戦争や恐慌など環境の激変に対応する中で、経済の成長と安定を目指して、必要に応じ大胆な変革を実現できる強いリーダーシップと国家権力の暴走の危険を抑制しようという安全装置との間で、最適な政策決定システムを模索してきたことがわかる。

概して、多数決型である米英は変化の幅が大きくなる傾向があり、マニフェストを掲げて戦って勝った多数党の議院が行政府に入り統治する英国は、そのまま“StopGo”という政策の振れに表れる。米国では独立宣言に丁寧に書き込まれた”CheckBalance“が振れ幅を抑制するとともに、大統領・議会・州政府のせめぎあいの中で生み出された独立行政委員会やPolitical Appointeeなどの知恵がバランスをとっている。

そして強いコンセンサス文化を持つ日本では、55年体制で生まれ幅広い層をカバーし党内の意見集約手法を発展させた自民党長期政権、その牽制を行う野党と、統治機構に深くコミットし継続性を核とする官僚機構が、変化の幅を小さくする傾向を示している。なかでも終身雇用型の執行官庁が法案の閣議請議権を持ち、審議会・与党の事前審査・閣議でコンセンサス確認の事務局役を務める体制は、変化のスピードを著しく遅らせてきた。

昨年は、安全保障環境の激変、AIに象徴される破壊的技術の出現や格差・不公平感の顕在化などに対し、国民を満足させるような対応ができなかった政府への不満が三か国も含め世界中で爆発した。

そして、政権交代でさらに混迷を深めた英国、新大統領が両院の多数も得て安全装置さえ振り切りそうな米国、より広い党派のコンセンサス確認の探索と進む少数与党の日本と、三者三様の動きをしている。今後は、英国の帰趨、米国で強い大統領と”CheckBalance“のシステムがどこで折り合いをつけるのか、粘着性が強く“Too little too late“になりがちだった日本がアベノミクスでようやく動き出したところで噴出した政権の揺らぎをどのように乗り越えていくのか、指導者の質と制度の対応力が試される一年となりそうである。


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