コラム  2023.08.07

産業政策

林 良造

最近産業政策をめぐる議論が活発になってきている。

今回は Picking the Winner 型の Targeting 政策ではなく、国内投資の停滞が日本経済の成長力の長期的低下にもつながったとの認識を踏まえ、欧米での大規模財政支援にも触発されて、GXDX、経済安全保障にかかわる分野などでの投資支援が中心のようだ。

もちろん、民間企業への財政支援はこれらの分野での投資決定にとって有効な手法の一つである。しかし、成長のための国内投資の活性化という大きな視点からは、資本市場、人材市場、知的財産市場、経営権市場などの規制改革や市場構築、ガバナンス改革など改革の加速による全体のかさ上げに代わる処方箋はない。

投資促進のための財政的支援としては補助金や社会実装プロジェクト、投資基金型の手法を使った支援などがみられる。これらの手法には輝かしい成功例もある一方、その後の類似プロジェクトでは失敗例も多い。また成功例ではそれに見合う背景とつくり込みがみられる。

LSI プロジェクトでは、コンピュータ産業の資本自由化が3年後に迫り、日本全体でも限られていた研究資源の有効利用の要請が極めて強い環境にあり、当時のコンピュータ産業での共通的戦略部品である半導体の、さらにその製造プロセスに焦点を当てモラルハザードを回避し、また需要創出を含む大規模な情報産業支援政策の一部となることによって成功した。

産業再生機構では不良債権処理が行き詰まり、金融機関を含め企業の大型倒産が連続し、日に日に劣化するゾンビ企業の処理がまさに喫緊という状況下で、内閣全体の大きなプログラムの一環として、さらに3年に区切ることにより、希少であった企業再生手腕を持つ人材を緊急招集することができたことが成功に導く大きな要因となった。

このようにみていくと Stakeholder の強いコミットメントが大きな要素を占めている。現在に当てはめてみると、特に大企業の場合には、しっかりとした成長戦略とそれを支えるガバナンス構造を持って投資意欲を示している企業の強い意志を意味する。

支援の対象となる投資の選択も重要である。GX、イノベーション促進、DXプラットフォームなどの分野での設備投資、人材投資、知的財産投資などが考えられるが、使いやすくかつ絞り込まれた制度設計と目利き力が不可欠である。

その際、政府支援のぶれない軸が保たれなくてはならない。しかしこれは期間が長くなると容易ではない。不断の努力を要するが、変化し続ける状況下の政府の予見能力の限界に加え、定期的な人事異動もずれを拡大させる。さらに省庁をまたがる機構を作っての執行の場合には当初の一体感と共有したビジョンを長期に維持することは至難の業となる。

さらに、財政的支援が単独で目的を達成しうるのではなく、多くの Stakeholder を動かす大きなビジョンの共有、体系だった政策そして必要なインセンティブや制度面の絶えざる見直しが必要となる。

また成功のカギを握る重要な要素として信頼される執行体制、大きなビジョンの発信とそれを具体化する政策立案を支える体制がある。超 LSI プロジェクトでも産業再生機構でも当時の最高レベルの専門人材をまとめるチーム、目指す将来像とそれをバックアップする広範囲の政策を生み出す政策集団があった。とかく霞が関の質の劣化が云々される今日、産業政策官庁が高い質の政策と人材を生み出し続けることができるかがその成否を握るように思われる。


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