コラム  2023.02.07

今一度患者目線の医療制度改革へ

林 良造

岸田政権発足からはや1年余が過ぎ、新型コロナの流行が始まって3年がたった。現在も感染力の強いオミクロン株やその派生株の流行は続いているものの、街には懐かしい光景が戻りつつある。この1年で世界は次々と経済活動を正常化させ、感染防止と経済との両立に大きく舵を切った。そこにはワクチン・治療薬の開発普及と重症者対応が進みリスク全体が抑制されてきたことが大きく寄与している。その間医療提供体制や危機管理対応について、国際的な比較・交流も進み多くの問題が提起された。現在の先進国の制度的強みは、新たな技術・新たな知見で補正を重ねつつ多くの参加者の知恵と努力をより柔軟で強靭な供給体制に向かって注ぎ込ませる、合理的競争を促進しているところにある。

他方我が国の制度は古い配給制度さながらに、公平性の名のもとに多くの分権化された管理のゲートが配置された構造となっている。そしてどこかに管理能力を超えた負荷がかかるとそこに隘路ができ機能不全がシステム全体に及び、制度そのものに対する信頼性を失わせる脆弱性をもっている。今回の対応を見ると、状況対応を迫られその脆弱性を放置したまま、現場での献身的な働きに甘え、巨額の財政資金をばらまき、行動制限に寛容な国民性に甘えてきただけにみえる。新薬の開発の遅れ、検査キッドの配布の目詰まり、幽霊コロナベッド、医療崩壊などはその例である。

特に小規模病院への病床の分散は、外来患者数・病床数に比べ極めて少ない医師など重要な医療資源をさらに分散させ、勤務医に過重な負担を強いるとともに緊急時の患者受け入れを難しくしてきた。さらに、大型の医療機関では可能となる患者の医療情報の共有範囲を狭め、知見を集約し医師が専門性を磨き治療に専心し医療水準を高めることができる状況を妨げている。そのうえ、新薬や医療技術の開発に不可欠な治験の時間・コストを過大なものとし、それでなくともハンディのある開発環境をさらに悪化させてきた。その背景にあるのは病院の出来高払い制度や様々な形で行われる補助制度であり、ミクロのレベルでより合理的な医療体制に導くインセンティブを阻害し、大型の医療供給複合体(IHN)の発展を遅らせ、柔軟な病床マネージメントを困難にしている。

また、多くの病院・診療所で補助金などを得つつ患者の受け入れは行ってこなかった点など、制度設計や政策実行面での問題点も明らかになっている。さらにこのような無駄の堆積により増加する医療費に対して、現場の知恵を集め解決に導くインセンティブを埋め込もうとするのではなく、負担感が稀薄で抵抗の少ないところから徴収することによってつじつまを合わせようとする対応は、国民的な議論の機会を失わせ制度の財政的持続可能性を蝕んでいる。

これらの諸制度はどれも根が深く、多くの関係者がコンセンサスという名の拒否権構造の中で守られておりその改革を進めるには、ぶれない司令塔、制度の設計図を共有する政策実行集団、それを遂行するためのポリティカルキャピタルを相当期間注ぐ覚悟がいる。安倍政権はこの問題に医療のイノベーションの視点から切り込み一定の成果を上げたが、岸田政権はそのような意気込みや余裕は見られない。今一度この問題だけでも一歩進めてほしいものである。


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