コラム  2020.08.19

試される牽制機能

林 良造

最近日米両国で動機こそ全く異なるものの、統治機構の基本に触れるような事例が起こっている。米国においてはトランプ大統領の国内のデモに対する軍の動員であり、日本においては検察庁の人事に対する内閣の関与法制である。

米国の制度は、そもそも欧州の世俗・宗教権力からの迫害を逃れた移民が、独立戦争を経て国家を作ったという歴史と価値観を反映している。したがって州があくまで根源的な権限を持ち、軍事外交面では強大な権力を持つ大統領制をとりつつも、内政については連邦政府の権限をできる限り制限的なものとし、その裁定を連邦の裁判所にゆだねている。

さらに連邦政府の中でも、権力の集中を徹底的に嫌い、行政府と立法府の間の強力なCheck & Balanceにとどまらず、行政部内でも各機関は大統領に仕えるのみならず議会の強力なコントロールのもとに法執行を行うように、あるいは双方から独立した独立行政委員会の形式をとっている。さらに司法は先に述べたように連邦政府の権限をチェックする権能も付与され、特別の独立性を与えられている。

このような制約は、今までトランプ大統領の気まぐれで党派的な政策の実行を押しとどめてきた。しかし今回の米軍を国内の治安のために動かそうとしたことは、従来の境界を踏み越える動きとなる。軍の動員は、米国の制度の中でも実質的に大統領の専権事項とされてきている。今回は国防長官の決断により悲劇は避けられたものの、本質的には軍が大統領の指令に従わないか、米軍が天安門事件を起こした中国と同様のものとなるかの瀬戸際に立たされたこととなる。

他方日本の議院内閣制では、衆議院の多数党の党首である総理大臣が、解散権を持つことで立法府をコントロールできる一方で、多数党の議員とくに長年の中選挙区制の下で出来上がった派閥の領袖の支持に依存する存在でもあった。また行政機関としての総理大臣は、天皇に権限が集中されていた明治憲法下の行政組織を引き継ぎ、フランス・ロシアの総理大臣同様簡易な調整機関的な組織しか持たず、独立的伝統を持つ官僚組織に依存せざるを得ない状況が長く続いた。これに、中曽根総理以降改革を目指す歴代の総理大臣は苦労することとなる。

このバランスと産業界を挟む政と官の緊張関係、各省庁間の競争関係、それら全体を包摂するコンセンサス文化は、戦後の高度成長実現の不可欠の基盤となった一方、バブル崩壊とグローバリゼーションの進行の中で官僚制度の劣化と派閥政治の限界が露呈して以降、改革から既得権益を守るための強固な結束に変質することともなった。そして改革への強力なリーダシップを求める世論を背景に、90 年以降総理大臣の権限の強化が進められた。小選挙区制・政治資金規正法・大臣の実質的任命権など順次派閥の長の力を形骸化し、国家行政組織法の改正などを通じ各省官僚に対する内閣の権限強化が行われていった。その頂点が安倍政権の内閣による人事の一元管理制度である。事実、規制改革などでは各省間に複雑に錯綜する多くの論点を整理提示し、その実行を確実にする上で人事的に目を光らせるこの制度は極めて有効に働いた。

他方これは官僚機構の中立性という、長年担ってきた時の政権に対する牽制機能の弱体化も意味する。これを政治に対する牽制機能の中核を担ってきた検察人事に適用しようとしたところで、一挙に国民の反発にあうところとなった。既得権益、前例の無誤謬性や省益にとらわれない改革への強いリーダシップとそれに対する適切で十分なCheck & Balance の両立のために議院内閣制をとる我が国においてどのような官僚制度が日本の現状を反映した望ましい制度なのか、今一度再考する時期に来ている。


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