コラム  2020.02.06

現場からの医療改革推進協議会

林 良造

 私が発足当初から代表世話人の一人としてかかわってきた集まりに「現場からの医療改革推進協議会」がある。

 この協議会は今年で第14回目を迎えたが、東大の医科研の上研究室が上先生の行動力と、そこに集まる若い医療関係者のエネルギーで作り上げてきた、質の高い参加者の多い集まりである。

 当時、東京大学公共政策大学院において「医療イノベーション」の講座を開講し、日米財界人会議で医薬・医療機器部会の座長を務めていた縁もあって、世話人をお引き受けした記憶がある。

 当時の大きなテーマはドラッグラグ・デバイスギャップと呼ばれる現象で、優れた技術と産業基盤を持ちながら、新製品は米欧で承認され日本では使用できない問題であった。また、福島県立大野病院で地域の分娩を一人で支えていた医師が、誰も予期し得ないような症例に当たって不幸にも妊婦が死亡したことについて刑事責任を追及され、それに対して全国の産婦人科の医師が抗議に立ち上がり、医療崩壊の端緒とされた事件もあった。

 この協議会は、このような制度的な問題と現場で起こっているミクロの事象がつながっていることを、あくまで現場の声を中心に毎年2日間のシンポジウムにまとめ、世に問うてきている。そしてその活動は、承認プロセスの抜本改革や新法の制定、あるいは医療事故調査会を生み出す原動力となった。

 一国全体の医療サービスは、多くの医師・看護師・病院経営者・製薬医療機器企業・患者などが、さまざまな動機のもとに、さまざまな制度に織り込まれたインセンティブに対応しながら行動することから成り立っている。特に、診療報酬制度や医師・病院の配置にかかわる規制などの影響は大きい。この10年、さまざまな現場からの声が、これらを含む多くの分野で医療改革・制度改革に結実してきたが、いまだ改革の種は尽きない。

 制度改革を促す最大のものは新たな技術である。例えば、現在の最先端にあるIoT・AI技術はあらゆるものをデータ化し、画像や文章データからさまざまな法則を見つけ出す。この技術はすでに多くの検査データを電子化し、また診断にも応用されつつある。さらに、地域の人々の健康管理を対象とするPopulation Healthにとっても、欠かせない技術となっている。

 もうひとつの源泉は、環境の変化である。例えば高齢化に伴い主要な疾病も変化し、患者の関心もQOL・健康寿命・予防などに変化していく。また、人口減少に伴って診療科や病院の最適配置も変わり、想定外の災害なども医療供給体制の大きな変更を要求する。さらに少子高齢化は医療を支える財政基盤を侵食し、供給体制の変化を避けられないものとしていく。そして、薬・医療機器・技術・病院・医師・患者は容易に国境をこえ、また、あらゆる情報が瞬時に世界を駆け回る状況は、日々新たな技術を生み、新たな環境を作り出し続けている。

 他方、制度は精緻に作りこまれており、既存の制度を前提に様々な利害関係が出来上がっている結果、その変更も容易ではない。また、善意の制度変更でも医療の担い手に与えるインセンティブを無視して行われ、その結果、現場でかえって多くの混乱をもたらしているケースも多い。

 そもそも世界中どの国でも、質・アクセス・コストの3点を国民の満足のいくように設計できた国はない。その中で、大きな制度設計と現場の検証を組み合わせ、よりよい結果を求めて、時には大胆に時には極めて繊細な神経を使いながら、改革に向け現場からの発信を続けるこの協議会の役割は、ますます大きくなると思っている。


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