コラム  2026.03.06

米ドルの特権は維持可能か

須田 美矢子

米国の対外純債務残高は世界最大で、2025年9月末には27.6兆ドルに達した。コロナ禍前の19年末と比べ2.4倍と大幅に悪化しているが、最近の増加は経常収支赤字よりも米株高や米ドル高による評価替えの影響が大きい。米国債の利便性は近年低下しているものの、米国は依然として低い金利で潤沢に資金を調達でき、対外投資収益との差を確保できるという「ドルの特権」を維持しているとの見方がIMFなどで一般的だ。しかし、その根拠の一つである所得収支黒字は米金利上昇と対外債務増で縮小し、24年には赤字に転落した。25年も9月までの合計で赤字となっており、特権の持続性には疑問を持たざるをえない。

米国が低金利で資金を調達できる背景には、安定的な資金供給者の存在がある。その代表が日本だ。日本は世界最大級の対外純資産国で、しかも対外資産の総額は純資産の3倍強もある。24年末では対外資産の4割強が証券投資で、その約半分が米国向けだ。米国外で最大の米国債保有国となっている。低い金利でも米国債に積極的に投資してきた背景には、ほぼゼロ金利と大量国債購入を含む超金融緩和政策をとってきたにもかかわらず企業が投資に慎重で貯蓄超過が続き、預金が積み上がったことがある。日本の金融機関は長期にわたり多額の預貸ギャップを抱え、余剰資金の運用先として米国債を選好してきた。日本の経常収支黒字の主役である所得収支黒字が、長い目で見て、対外資産増という量的拡大に依存してきたことは、この構造を反映している。

しかし近年、日本の企業行動が変化が見られる。非金融法人企業の総資産対GDP比は米国の倍以上あるが、企業は収益性向上を重視し、バランスシートの圧縮に動き始めた。金利上昇とインフレの下で預金コストへの意識が高まり、余剰資金を配当や自己株買いに回す動きが強まっている。低収益事業の整理も進み、銀行貸し出しは増加し、預貸ギャップは縮小傾向にある。財政悪化懸念はあるものの金利の上昇で日本国債への関心が高まっており、資金の国内回帰も想定される。所得収支黒字の量への依存が低下し、より高い収益、つまり質へと軸足が移されつつある。

これは米国にとって、低金利での資金調達がこれまでのように容易ではなくなる可能性を意味する。世界最大の対外純債務を抱える中で、対外投資の収益率はかつてほど高くなく、金利高止まりで調達コストは上昇している。「ドルの特権」に陰りが生じれば、所得収支の赤字が続く可能性は否定できない。財政赤字の拡大、国内投資の強さ、貯蓄率の低下が重なれば、貯蓄投資ギャップ=経常収支の悪化も想定される。国際秩序が変容しうる中で、基軸通貨としてのドルの地位が安泰だと断定することは難しい。

米国債をめぐる需給環境は、財政赤字の動向、ステーブルコイン需要、FRBのバランスシート方針など不透明要因が多い。「ドルの特権」を維持するには、ビナイン・ネグレクトではなく、財政赤字と金利の相互依存を踏まえた財政再建など、米国自身の自助努力が不可欠だ。米国にその覚悟が持てるのだろうか。


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