メディア掲載 2024.08.29
円の対ドルレートはこの3年間で43%も減価した。今年も経団連会長が5月の記者会見で「1ドル=150円を超える現在の為替水準は円安過ぎる」と述べるなど、この間、円安批判が高まり為替介入への関心が強まった。
この大幅な円安について、「投機筋が円安を増幅させている」との指摘が多く見られる。政府も「投機などで過度な変動、無秩序な動きがある場合は、政府が適切な対応を取る必要がある」とし、「投機がもたらす過度の変動」を問題視している。しかし、投機は一部の限られた主体(しばしば取り上げられるのは、シカゴ・マーカンタイル取引所の国際通貨市場の非商業部門)が行っており、それが時として為替レートの過度な変動を生じさせているとの投機悪者説に違和感を拭えない。
このような俗説については、40年も前に小宮隆太郎先生との共著『現代国際金融論』で経済学の立場から詳細に批判したが、依然として当時と変わらない認識であることが残念だ。本書では、為替取引を取引主体別ではなく取引動機別に、決済、投機(異時点間の価格差から儲けようとする行為)、金利裁定、投機解消のためのヘッジング等に分類し、貿易や資本移動を行う経済主体の間で、投機が広く行われていることを指摘した。対外取引を契約するとすぐに為替リスクをカバーすることは少なく、それは契約と同時に投機を行っていると解されるからだ。
短期の為替レート決定では、内外各主体の投機的ポジションについての意思決定から生じる投機的為替需給の役割が重視され、ことに投機的為替需給が将来の為替レートについての人々の「予想」に大きく依存することを強調した。「為替レートの予想については現実を理解する上で満足に足る理論は存在しない」との考えを示すとともに、金利(差)と為替レートの間には理論的に考えても単純な関係は認められないが、金利が上がれば通貨価値が上がるという一種の市場心理が醸成され、それが一定期間一人歩きすることはあり得るとした。この考え方は今も変わっていない。
要するに、さまざまなかたちで幅広く投機が行われ、為替レートの短期的な決定では投機が重視され、それを決定づける「予想」為替レートは捉えどころがないと考えると、為替介入により為替レートの相場観を反転させることが、いかに難しいかが分かる。実際、最近の巨額のドル売り介入でも円高への動きは一時的でしかなかった。
介入待望論の背景には、貿易など対外取引と同時に投機を行っていた主体が投機の失敗による損失をより少なくするため、政府に「助けてほしい」という要望があるように思う。しかし、投機の結果は自らが責任を負うべきで、おのおのが投機ポジションの把握と為替リスク管理を強化することが望まれる。そうすれば、投機の失敗の尻拭いを政府に求めることが減るのではないか。
為替介入に起因する市場の動揺を避けるためにも、介入はまれにしかないという認識が共有されることを期待したい。