コラム  2022.03.08

大インフレ期(1965年~1982年)の米国の金融政策の失敗を活かすには

須田 美矢子

米国の個人消費支出(PCE)価格の対前年同月比は昨年12月に5.8%と、大インフレ期の1982年7月以来の伸びとなった。米連邦準備制度理事会(FRB)は今年の物価見通しを四半期ごとに上方修正し、政策金利引き上げや量的引締め開始の前倒しを示唆しており、今後の金融政策に関心が集まっている。

FRBの直近の見通しでは、高成長のもと、今年のPCE価格上昇率は第4四半期に2%台半ばまで下がるが、引き締めが遅れてインフレの制御は困難とか、急速な引き締めによって実体経済が悪化、といった見方も少なくない。こうした中、大インフレ期における金融政策の失敗についての連銀スタッフの分析に、現在の金融政策と重なる部分があるのが気になるところだ。

連銀スタッフは大インフレの原因はFRBの政策にあるとし、動機と手段と機会の三つの視点から当時の金融政策を分析している。動機では、インフレと失業には長期的に安定的なトレード・オフ関係がある(フィリップス曲線は安定)との前提で完全雇用の達成を最優先課題としたこと、手段では、ブレトン・ウッズ体制の崩壊で米ドルと金とのリンクが外れたこと、機会では、財政赤字、原油価格の高騰、データの解釈の誤りによる緩和バイアスを取り上げている。

機会で示された三点は現在にも当てはまるが、ここでは緩和バイアスをとりあげておきたい。経済物価の情勢判断を誤って緩和的な政策をとり、緩和バイアスとの認識が国民に広まればインフレ予想が高まり、中央銀行への信認が低下し、インフレ退治がむずかしくなるからだ。パウエルFRB議長は昨年夏、インフレ圧力は一時的だと強調し、それに対応して雇用の伸びが妨げられることは回避したいと述べていたが、一時的との評価は3ヶ月後には取り下げた。今年1月の記者会見では、不確実性が非常に高い中、適切な金融政策を実施するには、経済が想定外の形で進むことを認識する謙虚さと、あらゆる可能な結果に対応できるよう、機敏さが必要であると述べたが、このような姿勢をもっと早くから示すべきであった。

動機で取り上げたフィリップス曲線については、予想インフレの重要性が認識され、それが曲線を動かしうるとの理解が深まった。また雇用重視は大インフレを克服する過程で、物価重視に変わった。気になるのは最近のFRBの雇用に対する姿勢だ。FRBは予想インフレを目標の2%に釘付けするために一昨年夏に平均インフレ目標を採用し、そのためにインフレの2%超えを容認した。ただ、許容される2%超えの程度や期間は曖昧なままだ。その結果、雇用最大化を包括的なものとして前面に出したこともあって、FRBは雇用重視に転換したとの受け止めが多くみられた。大インフレ期の教訓は一時的に経済や雇用に悪影響が及んでも物価と雇用の二つの目標達成にはインフレと闘うことが必要だということだ。インフレの上振れリスクがある中、国民の高インフレへの不満を減らすためにも、パウエルFRB議長には物価安定が最優先課題との強い姿勢を示していただきたいものだ。


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