コラム 2020.10.13
「ネットワークを通じて、遠隔地であっても質の高い医療・介護サービスを受けることができる」、「自宅や職場にいながら、ワンストップサービスで行政サービスを受けることができる」。約20年前の「e-Japan戦略」で示された目指すべき社会の一コマだ。政府は、その後もデジタル・ガバメント実行計画など、IT戦略・実行計画を定めてきたが、「我が国のIT革命への取り組みは大きな遅れをとっている」という20年前の認識は今も変わらない。
諸外国に比べてデジタル化があまりにも遅れていると国民全体が実感させられたのは、新型コロナウイルスの感染拡大への政府の対応のまずさからだ。情報不足と対策の遅れに国民は不安を感じ、不満を募らせてきたが、デジタル化の加速の必要性を担当部署だけでなく官民問わず皆が認識するようになったことは意義深い。
政府は「骨太方針2020」で、この一年を行政のデジタル化の集中改革期間とし、改革を強化・加速するとした。ただ、これで改革が進むとは言い切れない。IT人材不足と想定以上の開発費がネックとなりうるからだ。政府が特別仕様を求めるほど、追加コストは巨額となり、時間もかかる。もっとも、ITベンダー側が、国内外での競争激化から、顧客の要望に柔軟に応えられるような、使い勝手の良いシステムづくりに注力するようになっており、その点は顧客にとって朗報だ。
スーバーコンピューター富岳が世界一を奪回したのは明るいニュースであったが、それは結果であって、開発の過程で開発側が最も重視したのは「利用しやすさ」だった。富岳が来年の本格活用の前に新型コロナ感染症対策のために広く利用されるようになっているのはそれ故だ。デジタル化を国民全体に普及させていくには、実用性や汎用性を備えた利用しやすいシステムの採用がキーとなるということだ。
政府は行政のデジタル化に向けて、人事・給与や文書管理など各省共通の基盤システムに、いわゆる「ハイパースケールクラウド事業者」のパブリッククラウドの採用を決めた。運用コスト、拡張性、効率化、セキュリティといった点からみて、まさに利用しやすさが決め手だったということだろう。また、年金、国税、会計など各省庁のシステムについても、原則クラウドにする方針が打ち出されている。各省庁がクラウドを選択するとしても縦割りではなく省庁横断的なシステムとなる必要性があることを考えると、原局からの特別仕様要求をできるだけ抑制し、ITベンダー側に寄った形でクラウド化が進むことが望ましい。利用しやすいシステムが構築されれば、既存の制度・慣行をクラウドに親和的なものに変えていくことを、原局も容認せざるをえなくなろう。それは古い組織の改革にもつながる。
なお、政府は、地方行政のデジタル化のためにも、国民が行政手続きのデジタル化に応じるためにも、「利用しやすさ」にもっと目を向けるべきだ。政府が国民に提供してきたソフトは総じて使い勝手が悪い。デジタル化のメリットを受けられるかどうかで格差が拡大しかねないが、そうさせないためにも政府は利用しやすさにもっと関心をもってほしい。