コラム 2026.10.07
25年前の9月11日、アメリカの同時多発テロで三千人以上の尊い人命が失われた。この四半世紀、毎年この日になると、多くのアメリカ人は、「君はあの事件が起きた際、どこで何をしていたか」という話題で一日が始まる、と言っても過言ではなかったと思う。
では、筆者はどこにいたか。当時は北京の日本大使館で文化広報を担当していた。偶々自宅でCNNテレビを女房と見ていたら突然臨時ニュースが流れ、ワールドトレードセンターが崩れ落ちていく映像を文字通り無言で見つめていた。国防総省にも旅客機が突っ込み、知人も何人か犠牲になった。
だが、それ以上に悲しかったのは、中国人の友人の一言だった。翌日、事件の話をしたらその人物は「ざまぁみろ、当然だ」と言ってのけた。これには筆者も怒り心頭、「同じことが中国で起きた時、君は同じことを言うのか、同じことを言われたらどう感じるか考えてみろ」と諭したら、友人は黙ってしまった。
あれほどの国際派でアメリカの実情にも詳しい中国の知識人ですら、そんなことを言うのか。中国とアメリカの溝は想像以上に大きいと痛感した。
同時多発事件といえば、もう一つ外務省時代に思い出がある。1997年秋だったか、中東局の中東第二課長になった直後の話だ。
当時アフガニスタンで政権を握ったターリバーンと接触を図るべく、筆者は同僚と共にターリバーンの本拠地カンダハールを訪れた。当時、カンダハールを知る人は少なかった。そのアフガニスタン南部の小さな町を、現地で活動していた国連の職員が車で案内してくれた。
中心部の一角に大きな邸宅が見えてくる。「あそこに今度オサマが引っ越してくるんだ」と聞き、筆者は思わず「え、オサマはスーダンにいるんじゃないの・・」、「いや、家族はもうここに住んでいる・・・」と聞いて妙に納得したことを鮮明に覚えている。そのオサマこそ、オサマビンラーディン、あのアルカーイダのリーダーだった。
9・11事件が起きたのはその4年後。だが当時、まさか、あのオサマが大事件を起こすとは思いもしなかった。時は流れ、アルカーイダは殲滅され、代わってイスラム国が台頭したが、当然ながら、イスラム黎明期の正統カリフ時代を再現しようとするイスラム国の活動も長続きしなかった。
その後、アメリカ第一、不法移民規制を標榜するトランプ政権となり、アメリカはテロとの戦いへの関心を急速に失っていく。だが、これで国際テロが終わった訳ではない。オオカミ少年をするつもりは毛頭ないが、国際テロ、特に、イスラム・ジハード主義の最大の攻撃目標はアメリカとイスラエルであるはずだ。
四半世紀前、警戒と準備を怠った西側諸国は中東に力の真空地帯を作り、国際テロ活動の膨張を許してしまった。今、これと同じ過ちを繰り返さないという保証がどこにあるだろう。国際テロの時代が終わったと考えるのは尚早だ。これこそ、2026年9月11日に学び戒めるべき教訓だ、と筆者は密かに思っている。