コラム  2022.05.09

コロナの社会的後遺症と「誤算」

日下 一正

ロシアのウクライナへの侵略戦争において、プーチン大統領の判断が誤算だったのではないかとの分析が通説となりつつある。

片や、プーチンに取って、冷戦は一度も終わってなかったのだとのエリツィン政権下の外務大臣コズイレフの警鐘が過小評価されてきたとの議論も有る。

米国のトランプ政権時の「二つの真実」同様、どの立場かで複数の事実が有る中で、我々はそれらにどういう意味付けを与え判断していくかの知的格闘技をしていると言えよう。「事実」をどう解釈するかは、歴史的、文化的、宗教的背景も強く影響を与える。

コロナ以前においては、インテリジェンスに直接、間接に関わる人々が、研究者、ビジネス、政府関係者など様々な資格で、face-to-faceの幅広い接触を継続的に行うことにより、定点観測と転換期の集中監視が行われ、対応と働き掛けを続けてきた。

ところが、コロナ下では、目的が明示されかつ緊急の所用でなければ、相互訪問がしにくくなった時期が続いた。このような状況が、各国の首都に於ける分析・判断能力、また能動的に働きかける能力、オンラインのやり取りだけでは新たに創り出しにくいリーダー間の信頼の醸成を妨げたのではなかろうか?

囲碁において、相手の応手をしっかり考えずに自分に都合のいい手順を読むことは"勝手読み"と称される。机上の空論とならないよう、"in someone's shoes"という表現にある様に相手の立場に立って物事を見てみるということが重要である。オンラインメタデータのAI分析により地政学リスクを分析するなどの手法が活用されつつあるものの、人的情報に代替出来る訳ではなかろう。

コロナが壊したのは、まさにコミュニケーションであり、自分が最初の手を打ったら、相手はどう応ずるかという仮想のゲーム展開つまり頭の体操をいろいろなレベルでやれてないのではないか?

安全保障の世界だけでなく、ビジネスにおいても市場経済という経済の論理が律している世界だけを見ていると判断を誤るリスクが有る。半世紀前に設立された中東協力センターの中東協力現地会議はウィーン、イスタンブールで開催されてきた。何故東京でやらないのかという批判が有ったが、ヒトと情報の集まる地の臨場感が求められる。そこでの「中東国際関係史:トルコ革命とソビエト・ロシア19181923」などの著書で知られる山内昌之教授の恒例の基調講演についても、ビジネスの即効薬にならないとの声も出ていたが、オスマン帝国のDNA、ロシア、シリア、イランの歴史とプレーヤーについて理解することはビジネスにとってもかけがえのないもので、地政学的リスクの海図を持たないと遭難する。

群盲象を評すというインドの寓話のように、優れた専門家を以てしても一面だけを理解して全体を捉えられないということが起こりうる。そのような問題意識を8年ほど前に英チャタムハウスのニブレット所長にぶつけたところ、「自分の研究所に安全保障、経済、エネルギーの一流の専門家は抱えているが、縦割りで分断されている。同じ懸念を持っているので、是非日英で"holistic approach"で全体像を捉えるセミナーを継続的にやろう」と意気投合した。after Corona”build back better”のために政治・経済・文化など社会全てにおいて、人と人のコミュニケーションの全面的再開をするときである。


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