コラム  2014.02.06

発信力-いいものを作れば仕事は終わりか-

日下 一正

 「我々はいい政策を作り出している」と、米国の閣僚級の地球温暖化問題担当者は胸を張った。数年前のことである。「各国の交渉団、NGO、メディアからも、米国が抵抗勢力で化石賞と批判されているのに反撃しないのか」と言ってみた。しかし「我々は口先だけの他国とは違う。黙って実行するのみ」と動ずる風がない。

 そこで手を変えてみた。「トヨタ、キヤノン、ソニーの製品が工場の中で素晴らしく製造されたらそれで売れると思う?所有してみたいなとワクワクさせるには、ブランドなり魅力が消費者に伝わらないとね。真面目に政策を作りこむのは分かるけど、政府部内で各省調整が済んだら仕事の終わりじゃないよね」と言ってみた。そうしたら「お前の言いたいことは分かった」と笑いながらその午後の一般教書演説の閣僚レベルの調整に出かけて行った。

 その結果、大統領演説に政策のハイライトが盛込まれ、同時期に行われた日本の首相の施政方針演説と併せて、両国はG8洞爺湖サミットに向けて、相次いで、如何に素晴らしい政策を用意しているかを発信することができたのである。

事実とその解釈

 FTA交渉では、相手国との貿易赤字が政治的に問題になる。伝統的な2国間の貿易統計が「認識(perception)」を作り上げるのだ。

 例えば、iPhoneの生産委託による米国の対中貿易赤字は20億ドルに上る。だが、中国で生産されるiPhoneの部品の大半は日本、韓国などからの輸入品で、中国での付加価値は4%に過ぎない。しかし政治の世界では「認識」されていることが政治的には現実であるという格言がある。

 

 東アジアの国々でも、対日貿易では赤字であっても、その国のグローバルな輸出が日本からの輸入部品に支えられているということが多い。専門担当官の伝統的なものの見方だけで見ていたのでは、東アジアやアジア太平洋における面としての拡がりを持つサプライチェーンによる付加価値創造の経済実態を見失う。TPPやRCEP(ASEAN+6のFTA)などのメガリージョナルFTAは、単に、域内の経済成長の中核となっている「地域経済統合」という実態に追いつこうとしているに過ぎないのだ。

発信力とは

 アベノミクスによって諸外国の懸念を払拭し、内外の投資家の信認を高める努力が続いている。そこでは、アベノミクスの発信そのものが人々の期待に働きかけ、政策の効き目を高めている。そして今は、第3の矢を中心に、高められた期待値にどう政策の実行で答えるかという局面である。

 つまりここでは、まず、製品や政策の「事実」を知ってもらうことが第一歩なのだ。

 1980年代の貿易摩擦の頃に、海外メディアに働きかける手段を持っていないことで歯軋りした記憶がある。しかし、幸い今はインターネットの時代で、欧米メディアの寡占状態は崩壊している。タイムリーに「事実」を発信し、人々の関心を惹きつけることが必須だ。

 第二歩は、製品を商品に変えること。政策でいえばその中身を理解してもらうこと。つまり「付加価値」を付けるプロセスだ。

 この段階では、潜在的な消費者をどう定義し、その選好を把握して「敵を知る」ことと、自分の商品のコアとなる強みを見極めるという「己を知る」ことの双方が必要となる。政策でいえば、どの層をターゲットに積極的支持を引き出し、どのように潜在的反対勢力の行動を抑止するか、その狙いを明確にする必要がある。

 第三歩は、「間接話法」である。

 自らが「効用」を語るだけでなく、大学、研究機関、NGOなどが独立かつ客観的にクレディビリティをもって分析評価する。それによって、消費者も選挙民もその選択力を高めることができるのだ。

 商品が消費者にとってどのような利益をもたらすかの分析が市場を有効に機能させる。それと同様に、政策が、それによって影響を受ける集団に対してどのような意味をもつのかを分析し、解釈し、意義づける。そうした「知的インフラ」が用意されてこそ、政治が有効に機能するのだ。

 シンクタンクの負っている責任は重い。



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