コラム 2019.04.01
政府の月例経済報告などによると、2012年に始まり現在に至る景気回復は、戦後最長になりそうだ。失業率も低水準で、就活生の表情は明るい。
しかし好景気といっても、レベルの低い長期トレンドを数年上回ったに過ぎず、浮かれてはいられない。
バブル華やかなりし頃は、一人当たりGDPで日本がアメリカに追いつくのは時間の問題だと言われた。それから約30年。当時ドイツと並んでいた日本は、今回の景気回復でやや持ち直したとは言え、2012年時点では既にドイツに引き離されており、英仏にも追い抜かれた。
日本の長期停滞の原因については諸説あるが、ここでは二つだけ挙げておきたい。一つは、ハーバード大のジョルゲンソン教授や慶応大の野村教授が明らかにしたように、生産性(より正確には「全要素生産性」)を部門別にみると、日本は製造業でアメリカと拮抗しているが、比較的海外との競争から隔離されているサービス業で大きく劣る。日本経済復活の一つの鍵は、サービス業の生産性を向上させる競争政策である。
もう一つの原因として、専門的な技能を持つ優秀な人材が日本に集まらないという現象がある。人工知能(AI)の専門家の争奪戦で、国際標準の給料を払わない日本は米中に大きく遅れをとったと最近よく報じられる。この現象のもっとわかりやすい例は、プロ野球だろう。田中将大投手のニューヨークヤンキーズでの年棒は、楽天時代の5倍以上(2200万ドル、24億円)という。日本人のエリート投手は、今やほとんどがメジャーに移ってしまった。
同様の傾向が、経済学会でも特に最近顕著になってきている。経済学に限ると、今やアメリカ一流大学の教授の年棒は、日本の国立大学の4倍から5倍。(他の分野、例えば英文学だと日米格差はそれより低く、2倍程度。)この点はなかなか信じてもらえないので敢えて具体例を挙げると、私がペンシルバニア大学で教授をしていた時の同僚でUCLAに移ったO教授の2017年の年棒は60万6226ドルだ(州立大学の教授・助教授の年棒は公開されており、ネットで調べられる)。経済学博士号とりたての20歳代の助教授でも、一流大学では年棒は20万ドルを超える。
このままでは先進国から脱落しかねないというのに、巷に危機感は感じられない。GDPと幸福度は違う、というのが一つの理由だろう。アメリカと比べると、日本の一人当たりGDPは7割程度だが、最近のある研究によると、所得分配の平等度や平均余命などを考慮して数値化した幸福度は8割を超える。人生の勝ち組になるか負け組になるかまだわからない子供のために、非エリートにも優しい日本を選ぶというのは、親として「あり」だと思う。
確かに日本は住み心地の良い国になった。しかし、新たな超大国の隣国として今まで通りの小市民的安逸を維持できるのか、プロ野球や経済学会で起こっている空洞化は限られた業界での現象にとどまるのか、懸念は残る。